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涼子あるいは……

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「近頃調子に乗って君に気遣いをしなくなってるかもしれない。どんなに親しくなろうと気遣いをしなくていいわけがない。反省しているよ」
金吾はもちろん女の子とつきあっていて気遣いをしないような男ではない。ただ、短いが激しい愛欲生活を経て息をついた時に、ゆるみや我がままやだらしなさがふと出てしまったかもしれないと気になっただけだった。
「おやおや、かわいそうに。よけいな心配しちゃって。それこそ気遣いだわ。けれど、やさしいかたね」と、涼子は慰めるような口振りで答えた。金吾は、今頃気づいたのかと嘲られる可能性も考えていた。涼子の発言にそんな非難はこもっていなかったのでほっとした。
「気遣いなんかあなたはしないの。私がするの。得意なことをそれぞれがやればいいのよ」
気遣いが得意だとは奇妙な言い方だった。金吾は自分が小馬鹿にされていると疑ったが、言い返すとかえって卑屈だと受けとられそうなので、ふざけたせりふを返しただけだった。
「てっきりもっと別のことが得意だとばかり思ってたな。妙なことが得意だったんだね? どうしてそれが得意になったんだい?」
涼子は、性的な質問を生徒に受けた教師がめんどくさがって応じるように、胸を張り、川に向かって男声でどなった。
「今は訊くなよな。そのうちおしえてやるからさ。楽しみにして待ってなさい!」
涼子が金吾に合わせてふざけた調子でしゃべったことは金吾にはうれしかった。だが、そこにかすかにこもっているキレた感じに金吾はどきりとした。こだわる金吾は、あえてもうひとつ質問をしたくなった。
「その得意なことを、この一ヵ月半のあいだ、君にされてたわけ?」
言い終わってすぐに、されてた、という言い方はひがみっぽくなかっただろうか、と後悔した。
男女関係にこっそり権力関係が侵入することがある。優位に立ち、先導し、知識がより豊富で、結末がわかっていそうなのは、涼子であって金吾ではなかった。金吾の劣勢は明らかで、だからこそ言葉の一片にも自分のひがみを嗅いだ思いがしたのだ。
さらに金吾は心配になってきた。気遣いの言いかえとして愛が使われかねなかったからだ。涼子に愛しているといわれた回数を大急ぎで勘定してみた。平均して三日に一回だった。愛の大安売りだ。一貫して気遣いの言いかえだったのかもしれなかった。そうだとしたら鼻白む。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦