涼子あるいは……
どよめく野次馬の中に甲高い声を張り上げている中年女がいた。ガウンを引っ掛けたパジャマ姿だ。涼子といっしょにいるのを幾度かその女に見られていた。その女は、知り合いをつかまえて、一睡もできやしなかったのよぉ、とわめいていた。ことの顛末を話し始めると、知り合い以外の人々も聞き耳を立てた。金吾もやや距離をとりながらしばらく聴いていた。たくさんの人間がこの狭い地域に殺到したらしい。火事さわぎ、消防車、救急車、パトカー、中継車、足音、怒鳴り声、人や機材のぶつかり合う音……
中年女の熱弁には矛盾や憶測が混じっていた。現場の近くにいた人間の話であるからには、いくら夾雑物が混じっていても、一応は尊重して聴き続けてもよかったのだが、金吾はいつ果てるとも知れない話を聞くのはいい加減によして自転車を置いたところにもどった。聞いているうちに、疎ましさがつのってきたからだった。耳を傾けることが、事件の核心からむしろ遠のいていくような気さえした。さらに、その話し手が金吾を見つけ、眼を離さなくなったからでもある。その眼が、犯罪者は必ず犯行現場に舞い戻ってくるものだって言うけれど、やっぱり本当だわねぇ、と言いがかりをつけているように見えた。そもそも金吾は、傍観者の語るいかにも生々しげな話には信用を置いていなかった。傍観者は生々しくなぞはなりえない。
金吾は、おばさんの、私は見た、私は聞いた、といった、興奮いまだ覚めやらぬおしゃべりにまぎれて、見えなくなってしまったものに激しく興味を持った。それは、おばさんの話からも、ウェッブからも、テレビからも、現場の風景からも窺えない、事件の真相だ、涼子の実態だ。それは、金吾自身のこれまでの個人的な体験を総動員して見出していかねばならないものだ。自分で想像し、仮説を立て、検証していくしかないものだ。
金吾は、恐る恐る自転車に乗り、新奥多摩街道に向かって走らせた。、ハンドルが大きく左右にゆらめいた。
学校へ行くことは単身で敵陣に乗り込むようなものに感じられて億劫だった。しかし教頭はこまめに情報を集めて会議の準備をしただろう。情報源としてはあのおばさんよりは優れている。やっぱり行かねばならない。早く行かねばならない。遅れてしまった。