涼子あるいは……
野次馬は大人ばかりで、小中学生らしい者は一人もいない。子供には外出を控えさせるようにと各家庭に連絡が出された気配があった。ただ一人、五歳ぐらいの男の子が、大人たちの脚の間から抜け出してきた。落ち着いた様子で駅に向かって歩いていく。金吾とすれ違ったとき、その子が、だーれが殺したコックロビン、と歌っているのが聴こえた。野次馬の中から三十ちょっと位の女がきょろきょろと辺りを見まわしながら出てきた。男の子の母親らしい。子供を見つけて足早に追っていく。その女も、だーれが殺したコックロビン、と小声で歌っていた。金吾はこの歌の続きを思い出してしまう。そーれは私とスパロウが言った。私の弓と矢でもって、私が殺したコックロビン。
犯人は誰だ、いったいどこのどいつがスパロウなのだ?
金吾は頬を拭った。犯人の顔を想像しようとしたが、何も出てこない。無理やり絞り出しても、のっぺらぼうが現れるだけだった。
道路は消防車が来ていたせいでびしょぬれである。T字路のTの水平部分が青梅線と平行に走っている一方通行路だ。垂直部分の横丁の入り口にはポリスあるいは福生警察署と印字された黄色いテープが何本も渡してあり、黄色い地に進入禁止と黒字で書かれたビニール板が二枚つるしてある。棒杖を持った機動捜査隊員が二人、テープのすぐ向こうに立っている。テープのこちら側では、紫地に黄色い文字の入った腕章をはめ、胸にビニールケース入りのIDカードをつけたニュースキャスターが、ライトを浴びてしゃべっていた。その背後の、角から三軒目に涼子が部屋を借りているマンションがある。周辺では、五六名の警官と機動捜査隊員が警戒にあたっていた。
マンションの向かい側は駐車場となっている。そこからは報道陣と野次馬が柵越しに現場を観察していた。金吾は駐車場に入り、砂利を踏みながら野次馬をかき分けて最前列まで進み、柵に手をかけた。周りにいる人々は、近所の住民に遠慮して、ほとんど口をきかない。口を開いてもささやき声で話す。しかし、百人近くの人間が集まると、たとえささやき声でも馬鹿にならない。声と足音と息の音が、機材や車の音と混じる。あたり一帯は低い唸り声を上げていた。