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涼子あるいは……

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張りぼてや人形がいっせいに首を傾げて金吾を見た、ような気がした。金吾は激しく頭を振る。
多摩川からのゆるい風に乗って、焼けた油やこげた砂糖や煮詰まったしょうゆの匂いがかすかに漂ってくる。車の排気ガスの臭いと混じる。路上駐車している車が道の両側に延々とつらなっている。中央通り全体が駐車場と化していた。車の出入りは頻繁だ。二人、また三人と、野次馬たちは恐る恐る広場のヘリを伝って、一方通行路に消えていく。彼らの歩道を擦る足音とひそひそ声が聞こえる。昨晩はお囃子やロックや演歌がうるさかった。足音や声はそれらにかき消されていた。昨晩の騒音の記憶が、金吾の頭の中で音を再生し、耳鳴りとかぶさってうるさくなった。ときどきヤンキーたちが、わざとだみ声を張り上げて広場の端同士で喚きあう。鋭い高笑いがビルの壁に反響する。金吾も警官たちも、誰が笑ったか、眼で探す。その気配に反抗するように再び高笑いが響く。
金吾は駅に接する交番周辺にむらがる警官たちを見た。全員が金吾を見つめていた。金吾と眼を合わせたまま警察無線で話をしている者もいた。金吾は、横断歩道を通らずに、広場の中央を突破してしまったことに気づいた。もう駅の自由通路のそばまで来ていた。通路の入り口には福生七夕祭りと大書された横断幕がかかっている。その下を通って階段を降りてきた人たちのほとんどが、すぐに右折して一方通行路に入っていく。
最下段の傍らに警官が二人立っていた。そのうちの一人は、前日福生署の剣道場で金吾と手合わせをした男だった。その彼が、金吾の眼を見ないように気をつけながら、薄ら笑いを浮かべて、ご苦労様です、と言った。金吾は眉を顰める。どういうつもりで言っているのか戯れに問いただしたくもなった。ご苦労様です、と言い返して、路上に並んだ赤い円錐型の車止めのあいだを通り抜けた。
前方が焚き火のように明るく輝き、人々の群れが、それにあたろうとしているかのように道をふさいでいた。ヘアピンカーブをなす、ゆがんだT字路を過ぎたあたりから、体が見物人とぶつかり始めた。金吾は道の右側に移動し、駐車場の柵に自転車を寄りかからせて、鍵をかけた。群衆に近づいた。
一匹の黒猫があわてた様子で左手から飛び出した。道の真ん中で、いったん地に張り付くように立ち止まり、すばやく周囲を見回すと、駅に向かって駆けていった。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦