涼子あるいは……
四つ角を過ぎたところで、広場のほうから歩いてきた女が教え子の母親であるのに気がついた。相手も気づき、一瞬立ち止まり、眼を丸くして金吾を見た。同年配の女性と二人連れだった。金吾は道の左側、彼女らは右側を歩いていたので、会釈をしあっただけだった。頭を挙げたPTAは、再び眼を丸くしてまじまじと金吾を見た。そして歩き去りながら連れの女性の肘を自分の肘でつついて耳打ちをした。普段の丁寧な物腰とは似ても似つかぬ無礼で下品な素振りだった。他人の地を見るのはいやなことだ。しかし、この町の人たちが、どんなに強い確信をもって金吾を涼子殺害犯だと思い込んでいるかをその素振りが伝えていた。
広場への入り口の右側に、制服警官が立っていた。広場に入ろうとする車に指示を与えていた。直進は禁止されていて、車は中央通りへ左折するしかなかった。通りすぎる金吾を警官は黙ったまま眼で追っている。
円形の広場には警官、機動捜査隊員、私服がパイにたかるハエのように散らばっていた。十四五人はいた。タクシー乗り場には四台もパトカーが停まっていた。交番の前には、白塗りの自転車が五六台駐めてあった。タクシーは中央通りに路上駐車していた。金吾は警察関係者たちの眼を意識しながら広場を突っ切った。
広場の左手には中央通りが延びていた。七夕祭りのためのイルミネーションは消えている。旗や幟もたたんだり巻かれたりして放置されている。左右から孟宗竹が突き立っているが、飾りをつるしたテープは緩められていて、飾り自体も取り外されていた。出店がずらりと並んでいる。店の調理台は、ビニールシートで覆われている。シートを押さえるガムテープが傷あとのようで見苦しい。臨時に設置されたごみ箱がごみでいっぱいだ。ごみの上にいくつもの黒い点が張り付いていて、ゆっくり移動している。ハエだった。竹と出店を左右のビルの常夜灯が横や上から照らしている。
おもちゃ屋の屋上から、目をむいたピーターパンの張りぼてが前かがみに体を突き出して通りを見下ろしていた。呉服屋のビルの横腹からは槍が通りの中央まで水平に伸びていて、その先端にチャイナドレスをまとったマネキン扮する女剣士が今まさに跳躍しようとしていた。その向かいにある金物屋の壁には、スパイダーマンが立てひざをついて張り付いていた。その姿勢に見覚えがあった。涼子がよくとる姿勢だった。