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涼子あるいは……

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正面の東の空には、鮭色に腹が染まった細長い雲が伸びていた。都心が大火事で、火の手が郊外にも及んでくるかのような気にさせた。
踏切が鳴って、下り電車が、速度を落としながら駅へ入っていく。駐車場を隔てて、そのオレンジ色の車体と、まだあたりを明るく照らす室内灯が見えた。殺人現場に赴く野次馬を乗せて来たのだ、などと思ってしまう。
電車を見ていたのは金吾だけではなかった。道を右に十メートルほど行った左側に街灯が立っている。その真下に、駐車場に接して、パトカーが停まっていた。前部座席に制服警官が二人、後部座席の真ん中に私服刑事が一人坐っていた。三人とも後頭部を金吾に見せて知らんふりをしていた。
金吾は、道を左にとった。自転車を押しながら、西口広場へと歩いていった。うまく乗りこなす自信がないからだ。
携帯を取り出して、教頭に少し遅れるので、皆さんにご迷惑だから、話し合いをはじめてしまってくれ、と伝えた。相手は無言なので、そのまま切った。携帯を胸ポケットに入れるときに、右足のむこうずねを自転車のクランクにしたたかぶつけた。しかし痛みは感じない。
ジャージにティーシャツ姿の太ったおやじが、痛々しい走りかたで金吾を追い越していった。
交差点に通じる四つ角で、柴犬に引かれるように、向こうから歩いてきた中年女と、小型のプードルを連れたやせたおばあさんが鉢合わせをした。柴犬はプードルに駆けより、プードルはけたたましくほえた。おばあさんは道路に両膝をついて、愛犬を抱き上げ、そのままの姿で、相手の女に謝り始めた。相手も座り込んで柴犬の首を抱いた。すると、再びプードルがほえたて、柴犬はうなった。ふと振り返ると、犬たちと女たちと金吾を、物干し場でしょっちゅう盗み見をする老人が、裏の二階の窓から睨んでいた。
あたりを染めている闇の名残は、濃い紺色から、刻一刻と色を薄くしていく。薄靄は立ち消える寸前だった。建物は海底にそびえる岩の塊のようであり、人や犬は、海底をうごめく蟹や海老のようであり、飛び交うすずめや鳩は魚のようだった。金吾も砂や泥に足をめり込ませながらやはり海底を歩んでいた。
大気の青みが薄まるにつれて、海底は徐々に隆起していく。陽光がビルの壁に射し、街が陸の景色に落ち着くまでせいぜいあと一時間ほどだった。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦