涼子あるいは……
新任の校長はまだ五十前のノンポリだ。校長と言うよりは近代的な経営者といったほうが良いだろう。元気はつらつ、改革案をいくつも提出して、何とか学校の雰囲気を変えようと勤めている。新校長は、毎日、全教員の翌日の授業計画を詳細に検討する。再検討すべきところを見つけると担当教諭と話し合う。時には当日の授業を参観する。校内を点検して回る。途中、保健室に立ち寄ることもある。歯科、眼科、血液検査のファイルはいつの間にかもとの所に収まっている。始業日の朝に金吾は確認している。ドアの鍵は休み中に取り替えられたので、早い時期に戻されたのだろう。
後任の養護教諭は驚くべきことに、あの宍倉女史だ。リタイア後の講師の資格で勤めることになった。金吾が、なぜですか、と尋ねると、涼子さんのまねをしてみたい、やっぱりあんなになりたいわ、無理は承知でね、と笑った。
校長はここでお茶を飲んだり、子供をはげましたり、いかにも真剣そうに書類点検をしたりする。校長と女史との会話には、笑いが絶えない。
校長は、何か気づいた問題点があると、手帳に書き付けておき、校長室か職員室に戻るとすぐに処理を始める。教員に用事があるときは自分の机の前に呼びつけることはせず、ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと歩いて相手の席のそばに坐り、ひそひそと話しかける。元組合員であろうと分け隔てはしない。相手はほっとし、しんみりする。職員室にはいまだに沈うつなムードが漂っているが、校長の快活さと慇懃さでひとつのまとまりができつつあった。校長の穏やかで家族共同体的な支配が実現しようとしていた。
友彦と太郎を除くクラスの子供たち全員が、何事もなかったように、日焼けした顔に笑みを浮かべて登校してくる。友彦の死と太郎の転校は当然全員が知っていた。金吾が始業日にあらためてそのことを語っても、ふ―ん、で終わってしまった。
あきれ果てたのは次のような生徒たちの態度だった。
「山岸先生はやっぱりみんなのことを好きだったし、みんなも先生のことは今でも好きだよな」と言っても反応がなかったので、鳥海彰に、「君も、山岸涼子先生のこと、大好きだったよな」と語りかけた。
彰はしばらく黙って何かを思い出そうとするかのように自分の机を見ていた。それから、いかにも純朴そうなニコニコ顔を上げた。そして、上眼遣いに金吾を見上げながら平然と言い放ったのだった。



