涼子あるいは……
「恥ずかしながら、県警の調べ過ぎの結果として知りました。そういう人間はいっぱいいるんですよ。われわれは知らされません。捜査がギクシャクするんでね。
ところで、お呼びだてしたのは、例の事件の犯人についてです。先生がうちの者をまいた日に、犯人と接触したことはわかっています。ただ、私としては、その時点で犯人を知りたくはなくなってましてね。知ったらそっちをやらなくちゃならなくなる。私は、アジールを潰す時間が欲しくなったんですよ。特捜を解散したくなかったんです。せっかく動員したんだから、このエネルギーをアジール潰しに集中したかったんでね。今はもういつでも解散してかまいません。やっとこ潰してやった。思い残すことはないです」
袋田は深呼吸をする。死んだフィアンセを思い出しているのだろう。
「さあて、それじゃあ、犯人がだれか、お伺いしようかと思っていたんですがね。その必要が実はつい今しがたなくなりました」
「どういう意味ですか? それに、私はたとえ犯人が誰であるか知っていたとしてもお教えするつもりはないですよ」
「やっぱりそうですか。ま、もういいんです。わたし、わかっちゃったんですよ。
本庁に帰るために、特捜のある二階の会議室の掃除を朝からしていました。自分のデスクの引き出しの整理をしていたところ、巻いてセロテープでとめた畳表が出てきました。鑑識から突っ返された、例の唯一の証拠です。捨てちまおうかと思いましたが、何気なく開いてみました。なにがあったと思いますか?」
「何もないから、鑑識からもどってきたんじゃなかったですか?」
金吾は車道側を歩いている袋田の横顔を見た。袋田は金吾と目をあくまで合わさない。袋田の横をパトカーが二人の歩行にあわせてゆっくりと進んでいた。
「精液をふき取った跡が、あの日と比べて明瞭になっていました。色が白くなっていて跡が浮き出ていました。湿気と熱で蒸れた引き出しの中で、カビが発生していたのです。そしてその精液の跡をさえぎるように別の形が現れていました。精液を拭いた跡を乱しています。時間的な順序は明らかです」
「新しく現れたのは何の跡ですか?」
「足跡です。素足なので汗と皮脂と疥癬菌がついていたのです。カビは足紋にそって発生していました」
「しかし、それだけで犯人が特定できるはずはないでしょう?」



