涼子あるいは……
「理念に生きちゃぁだめだぜ。理念なんて、一生を棒に振るだけ、女房子供を泣かせるだけだ。年々不幸が深まっていくばかりだね。最後に、苦労の甲斐があったね、なんぞと喜び合うってこたあないんだ。理念は社会を崩壊させる。戦争の原因は経済じゃあない、理念だ。悲劇の元に理念あり、だ。すべての衝突の犯人は理念だ。理念なしじゃあ、頭が働かないじゃないかとお思いになるかもしれんがね、理念フリーの考え方や生き方を編み出してみてくださいよ。俺たちにはできなかったな。ではお達者で」
山崎はそう言うと校門に向かってのろのろと歩いていった。
俺たちとは誰を指すのだろうか。金吾は、今更ながらだが気がついた。
山崎も、アジールの幹部たちも、金吾の父親も、涼子の二人の父親も、さらには、袋田も、宍倉女史も、校長も、金吾の指導教官までも、ほぼ同年齢だ。揃いもそろってアルコール依存症だ。
何たる不出来な世代であることか。おまえたちのせいでこんなことになってしまっただろぅが!
八月の三十一日に袋田から電話があった。相談したいことがあると言う。
待ち合わせた駅前西口広場の北側、西日がつくるビルの陰の中にパトカーがひっそりと停まっていた。金吾が横断歩道に向かって歩き始めると、パトカーは広場を半周して金吾の目の前に停車した。助手席から袋田が現れた。
歩道に乗った袋田は、無言で多摩川のほうを指差した。二人は並んで歩き始めた。
「九月一ッピから本庁詰めです。山岸涼子殺害についてはきつい御沙汰が待っているようでして」
袋田は前を向いたままだ。金吾は気になっていたことをせわしなげに尋ねてしまう。
「校長のアリバイはいつ確認しましたか?」
「事件直後です。身近な者で逃げたやつはいないか。まずそれを我々は追いますからね。新潟県警がホテルの部屋の捜索までやってます」
校長が新潟市内のホテル万代にチェックインしたのは木曜の九時二十分だ。金吾自身もこっそりホテルにとぼけた電話を入れて確かめた。ヘリコプターで急行でもしない限り、その時刻には着けない。校長と涼子の関係がどうであれ、袋田がはなから興味をいだかなかったのは、このアリバイをとうの昔に知っていたからだった。
「校長の独特の役回りについては前からご存知だったんですか?」



