涼子あるいは……
金吾が呼び出された日の十日後に筋萎縮性脊索硬化症とその合併症の悪化のため、東大病院第二外科に入院し、父親の執刀で手術を受けた。手術開始二時間後に急死した。ミスだったのかもしれない。殺したのかもしれない。父親は息子の行状に気づいていたのかもしれない。友彦自身が父親に伝えたのかもしれない。父親は、もともと、不治の病と知っていたのだから、自らの手で一人息子を葬る機会をうかがっていたのかもしれない。
西金吾斎場での告別式は盛大だった。ほぼ全校生徒が弔問におとずれた。友彦の母親は老婆のように腰を折り曲げ、下を向いたままだった。途中で席を立ち、最後まで姿を見せなかった。父親は神像のように佇立して朗々と挨拶した。彼と話すことを金吾は避けた。頭を下げて、二言三言で逃げて来た。相手もそれを望んでいるふうだった。
八月二十九日の昼過ぎに、新学期の準備のために五小を訪れると、玄関から山崎が出てくるのに気づいた。山崎は左足を引きずりながら校庭を突っ切ってきた。校庭の中央で向き合った。
実は校長が襲われた日の前日に彼から金吾に電話があった。いくら欲しいのか、現金で渡すから日時を指定しろ、と言ってきた。金吾は何のことかわからなかった。組合事務所のドアの郵便受けに、CDが入っていたそうだ。週末は誰も事務所に行かなかったので、気づいたのは月曜だったらしい。それには校長の警察協力者としての行状が詳細に記載されていた。金吾は、遅くなってごめんね、とつぶやく涼子を思い出した。涼子は、予定通りに組合をつぶし、校長を殲滅した。
「異動することになったよ。もう定年だから、すぐ講師になっちまうがね。新島だ。家は売っぱらった。子供たちは独立していて心配ない。おやじはくたばるまであの飲み屋をやっていくそうだ。女房はついて来ると言っている。逃亡人生にはこれでけりをつける。お別れだな」
強い日差しを嫌ってしかめている顔が、国立で会った時より一回り小さくなったようだった。
「お達者で。呑み過ぎは、やまらんでしょうけど」
金吾が頭を下げて、行き過ぎようとした時「岡田先生よ。最後に申し上げる」と、山崎が言いかけてきた。金吾は振り返った。



