涼子あるいは……
金吾は心の中で叫んだ。嘘だ。それは違う。絶対違う。友彦は神経をさかなでするような横槍を入れてくる。挑発だ。金吾は突然怒りの発作に襲われた。もう限界だった。金吾はこの二日ほどで感情の犬になってしまっていた。心の隅で、しまったと思ったが、犬は吼えた。抑えることができなかった。
「では、太郎に会ったら言っておいてほしい。お前はいざとなったら、ビビって、泣いて、懇願した。文字通りのマイナス野郎だとね」
「もっと言え」
急に友彦は興奮しはじめた。ずっと待っていた楽しい遊びが今やっと始まったといった様子だ。頬が紅潮してきた。今までの冷静さが嘘のようだった。
友彦は組んでいた両手を解いて、右手でCDを抜き取った。
「やめろ!」
金吾は大声で叫んで腰を浮かした。傘が倒れた。
友彦は戦利品のようにそれを頭上に掲げると、次の瞬間、床に叩きつけ、ジャンプしてその上に跳び下りた。乾いた音がした。友彦は愉快そうに小刻みに足踏みしながら体を一回転させた。
金吾は床に崩れ落ちた。四つんばいになって友彦の足元にうずくまった。友彦は後ろに跳びのく。粉砕されたCDをごみや埃や小さなゴキブリの死骸と一緒に大急ぎでかきあつめて掬い取った。舞い上がる臭い埃にむせた。手のひらにたくさんの細かな切り傷ができた。それらにごみや埃がしみこんで痛かった。CDのかけらが砂金のように光った。粉々に壊れてしまった涼子を見るようだった。
異様なほど単純な感情がほとばしり出た。愛情の突沸だ。生きていた時より強烈に、死んでしまった涼子に抱く愛情だった。今まで知らなかった金吾がほとばしり出た。
もっと幸せにしてあげたのに。どんな宿命だろうと共有して、ずっと一緒に生きのびるつもりだったのに。今この瞬間、こんなにも愛しているのに。粉々に壊れてしまうなんて……
金吾の耳元で友彦の足踏みがやまない。
「もっと言え!」
金吾は憤然と立ち上がり、両手の中のものを、パソコンの左側、テーブルの上にぶちまけた。血のにじんだ手で傘を拾って席に戻った。感情が激変した。今や絶対的な怒りで髪が逆立ちそうだった。
「太郎は馬鹿なガキだ。涼子のいいなりの奴隷だったんだろう。涼子に腑抜けにされたんだろうが!」



