涼子あるいは……
彼女は、タイルの上に私を横たえると丹念に全身を洗ってくれたものだった。私は自分の醜い体をビーナスの前にさらけ出すのは恥ずかしかった。湯気で薄暗くなった灯のもとで、私は、体中にたくさんのまだらな影をつくっていじけていた。ほとんど影そのものだった。
ところが涼子は私の醜さを、興味津々、好奇の的にしていたふしがある。愛玩してさえいたかもしれない。あれだけ美しいと、もう美には関心がなくなり、退廃が形をとったような私の醜さを、新鮮に感じたのかもしれない。
あんなに若いのに、性の手練手管には精通しており、私は快楽の最中にも、知らないことはまだまだあったのだな、と感慨これひとしおだった。こんなみだらな女になるまでにはよほどのことがあったはずだ。私はその幾例かを知っているに過ぎない。
なぜ彼女を強く憎むようになったのか。
彼女をあまりに愛しすぎたので、私が崩壊しそうになったから。彼女が私に盛った愛の毒が効き過ぎてしまって、私が中毒症状を起こし、身の危険を感じたから。私の理解の及ばないままにこれほど私を愛させてしまう存在を許しがたく思ったから。私と涼子とどちらが生き延びるべきかという選択を自らに突きつけて、私は私をとってしまった。その醜悪な判断を私に教唆した涼子を、私が逆恨みしたから。つまりは私のとてつもないエゴイズムが涼子への愛に対抗して眼を覚まし、私を猛然と擁護したから、とでも言っておく。
私が最も愛し、最も憎んだ涼子が死んだ。
私が殺した。
八月六日金曜日午前五時
長い左手が請求書を親指と人差し指だけで優雅に掴みあげる。振り上げられようとする鞭のようだ。
左の肩甲骨のすぐ下の筋肉がむくりと動いて、水色の絹のワンピースにしわが寄る。右足を踏み出し、左腕を前に突き出したせいで、そのまた下の筋肉がうごめきうねる。張り付いている布地が再び波打つ。右足に体重が乗ると右上から左下に、左足に体重が乗ると左上から右下に、細かなよじれが交互に背中にも臀部にも走る。
金吾はウミネコになって眼下に夏の海を見ている気がする。豊かにゆったりとうねる海面上に、刷毛を振るうように刻々向きを変えて突風が吹き、そのたびに幾筋ものさざ波が現れては消えていく……