涼子あるいは……
プロローグ
私が最も愛し、最も憎んだ涼子が死んだ。
街で一番の美女だった。
圧倒的な存在感と夢まぼろしのような空虚さを併せ持つ、まことに不思議な女性だった。存在の充実と虚無のはかなさが回転するコインの表と裏のように入れ替わって、私にめまいを起こさせた。そのあまりの魅惑に、私は、今まで歩んできた人生行路を、危うく踏み誤ってしまうところだった。私は、年齢相応の、一貫した、充足した生活を営んできたが、この破調に面食らった。実際、さまざまな意味でたたらを踏んでしまった。やっと踏みとどまって冷や汗をぬぐっているのが今の私だ。元の私にもどれたとは思われない。ただではすまなかった。
私と彼女とは随分歳が離れていた。私は、はじめのうち、これは親子関係ではないか、とあやしんだほどだった。だが、私の躊躇を彼女は思いやりに溢れた言葉であっさり笑い流してくれた。
『時間が勝手に私たちを差別しているだけなの。私は頭の中から時間を追い出しておいてからあなたとつきあっているの。だから私たちに歳の差はないと思ってね。心配しないで、私の言うとおりにしていればいいのよ』
すぐに私はわかった。彼女の言うとおり、年齢差に関する私の危惧は杞憂だった。
わからせたのは彼女の器量である。
私たちは、ありとあらゆることを語りあった。会話は通じすぎるほどによく通じた。彼女は聴き上手であり、誘導尋問に長け、私の言わんとすることをすぐさま察知して、賛同と励ましの言葉を用意してくれた。しかし、相づちを打つだけではなく、自らの主張も確実に忍び込ませ、結局は私のほうが言い含められてしまうことが多かった。私は彼女をよく理解しないまま彼女に洗脳されてしまうという奇怪な事態に陥った。洗脳の内容は言えない。
会話以外の行為もこっそり、あるいはおおっぴらに、とりおこなった。
週に一度か二度だったが濃厚な愛欲の時間を過ごした。必ず一緒に風呂に入った。彼女の体は、ジュラルミン製の外皮で覆われた爆弾のようにきらめいていた。今にも爆発しそうだった。
女神である涼子と醜悪を極めた私は、これ以上ない対照の妙だった。美女と野獣はバスタブの中で戯れた。絶対矛盾の、あるべからざる、奇跡的一体化。