涼子あるいは……
あと十メートルで縁に着くというあたりで、私は助手席から身を躍らせて義父の足元にもぐりこみました。シートベルトは、しているふりをして、手で押さえていました。からだの前面を車の進行方向に向け、背中で義父の両足をブロックしました。右手をブレーキの下に通してからその手でアクセルを押さえ込みました。腕でかんぬきをかけたことになります。左手を右手の上に重ね、さらに上半身をかぶせました。義父の眼を盗んで練習してきた方法です。車は猛然とダッシュしました。義父はわめき、私の背中をめちゃめちゃに蹴りました。しかし坐った状態で足の甲で蹴るのですから、あまり力が入りません。車は大きく左に傾きながら宙を飛びました。水面に激突したときは、腕が折れたかと思いました。風が心地よいから、といって、助手席側の窓を私は開けておきました。その窓から茶色くて臭い水がどっと入ってきました。義父の叫び声が渦巻く水の音と混じります。水中でも叫んでいました。天井やウインドウを殴っていました。義父はついにシートベルトを外せませんでした。どれだけ時間がたったでしょうか。私は水を張った洗面器やプールや浴槽に顔をつけることを、これもまた毎日練習してきたので、息はもつようになっていましたが、さすがに、予想していたよりはるかに苦しく、もうこれ以上我慢できそうにありません。とうとう鼻から泥水を吸ってしまい、死ぬかな、と思ったとき、助手席側の窓に突進して、外に出ようとしました。義父が最後の力を振りしぼって私の右足首をつかみました。私は力いっぱい蹴りました。赤い運動靴が義父の手に残ったでしょうね。私は、水面に浮かび上がりました。遠くの方で何人かの人が叫んでいるのが聞こえました。
私は殺人者です。父親ごろしです。ファザーファッカーです。異常性欲者です。
金吾さん、さぞやあきれていることでしょうね。
私はこの事実を世間に隠すために、自分の記憶から消し去るために、どんなに奮闘してきたことか!
一緒に暮らすようになった伯母の面倒を見ました。彼女も母に似て見かけは立派ですが、腺病質で、勤めも休みがちでしたので、伯母の体調の悪いときは、夜に私が会社に行って彼女の代わりを勤めました。私は小学五年からOLでした。



