涼子あるいは……
その広い額の下に、知恵と知恵の悲しみが結託したような両眼が控えていた、金吾は引き込まれるように見とれた。右眼に知恵が、左眼に知恵の悲しみが宿っていた。左眼がわずかにやぶにらみだ。右であくまで現実を探り、左は現実の悲しみから眼を逸らしてきたのに違いない。両眼は連なる底なしの池のようでもある。さぞやたくさんの溺死者を出したことだろう。鼻が、眼と眼の間からではなく、額の下部から生え出ているので、額から鼻にかけてTの字がくっきりと浮き出ている。眉のほどうち煙り、あくまで高くあくまで薄い鼻梁がアーチを描いて、とがった顎とバランスをとっている。その間に、ヘアピンを含んで堅く閉じたようなこれまた薄い唇があり、両端はえくぼになって頬に陥没している。顔面は蒼白、というよりミルク色に輝いており、栗色の巻き毛をバックに冴え渡っている。戯れ好きの造化の神も、この女を造るときだけは真剣に取り組んだに違いない。神々しいまでの美しさだった。金吾はほとんどあきれてしまった。同情がそれに続いた。これほどまでに美しいとは、さぞや不幸な生涯を送ってきたことだろう……
屈んで靴を脱いでそのスリッパに履き替え、背を伸ばして靴を靴箱に入れる間中、無礼にならないように、しかし丹念に、この彫像を観察した。
金吾が手渡されたのと同色の、緑のスリッパを素足に履いていた。白衣の裾が膝頭の上半分を隠していたが、床からそこまで伸びた脛にはわずかの屈曲もない。直線をなす脛骨に、程よい筋肉とミルク色の皮膚が絡んでいた。バレリーナか跳躍競技の選手の脚だ。膝から上、白衣の意地悪な凹凸が、あいまいに暗示する肉体を、金吾は必死で読み取ろうとした。金銀財宝が白布に覆われて眼の前に差し出されているような気がしてきた。さらに、再び覗き込む顔は、ありえない美しさをあっさりと実現していた。
金吾は、夢見るようなまなざしで自分を見上げているその女に向かってこちらも夢見ごごちに尋ねたものだ。
「君の名は?」
「……涼子」
答えてすぐに、涼子は水からあがったばかりの犬さながら、身を左右に震わせた。
「失礼いたしました。養護担当の山岸涼子と申します」