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涼子あるいは……

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二月の山は胸まで雪が積もっていた。さらに雪は降り続けている。懐中電灯と磁石を胸ポケットに入れ、右手にピッケルを持ち、左手で女の右手を引いてラッセルして行く。四キロほど登ったところで女が動けなくなった。尾根を越えたら雪も少なくなるからそこまでがんばれと言っても、立ち上がれない。寒さで麻痺していて痛くないだろうからピッケルで刺し殺してくれと言う。俺は言われたとおりにした。
俺は上も周囲も足の下も真っ白な悪夢の中を突進して行った。何度も転び、たくさんの傷を作り、アイスバーンを滑落した。雪が小止みになり、山と山の狭間から氷結した諏訪湖が見えたときは、感激のあまり泣いてしまった。熊笹の上を転がり落ちて、農家の裏庭にしりもちをついたのは朝七時ごろだった。
俺もお前も一年遅れで学校を出て就職した。口をぬぐって市民の振りをする生活が始まった。
お前は正しく、俺は間違っていた。仲間の各自が、テリトリーを得て、孤立していても奮闘している。年長ではあるが、Y氏は大学に残って脳科学の本を出した。別のY氏は、予備校教師をしながら物理学の歴史を研究している。H氏は塾の教師の傍らヘーゲルの翻訳を進めている。Nさんはダイオードの研究に没頭している。同年齢のO君は高校教師を勤め、組合活動もやりながら、数学の歴史的難問に挑戦を続けている。全国にこういう人物はたくさんいる。やがて彼らの個々の成果が共鳴現象を起こし、お前が言っていた文化革命が実現するだろう。
しかし、不幸な出来事も多い。自殺者があとをたたない。孤軍奮闘が挫折すると、理念と自負が大きかっただけに、転換が利かない。個人企業や中小企業を経営する者たちも、現実主義に徹することが出来ずに、あちこちで敗退している。
俺は、山でのことを心の奥底に閉じ込めた。実は、間違ってはいたがどこが間違っていたのかよく分からないから、封をしただけなのだ。いつ封が切れるかわかったものではない。俺は爆弾を抱えている。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦