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涼子あるいは……

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俺たちが同じ下宿で過ごした学生時代は、俺にとっては黄金の時代だった。お前とはつーかーの仲だったな。精神的には双子だったよ。ところが、大学の封鎖が長引き、闘争が煮詰まってきたころから、二人の意見が対立するようになった。お前はあくまで自己否定を繰り返すと主張し、俺は主体を共産主義化し、兵士となって唯軍路線につくべきだと主張した。お前は、自己否定は開かれた自由な批判精神の基本姿勢であって、主体を兵士化するのは自閉と硬直への転落だと言った。俺は、自己否定の無内容と無力、それがもたらす拡散現象を批判した。お前は、暴力は象徴であって、実体ととるのは馬鹿げている。警察、自衛隊、アメリカ駐留軍、国連軍、これらを相手に竹槍で戦うのか、と俺を嘲笑した。俺は、過渡的な段階で少数者による軍事的な突破が波及効果を持つと反論した。お前のことを小ブル急進主義者だと罵倒した。お前は文化革命を主張し、俺は軍事革命を主張した。
俺はお前の止めるのを振り切って山に入った。一言一句、わずかな素振りにも神経をとがらせねばならない生活が待っていた。少しでもブルジョア的なところが見つかると総括の対象になる。なにがブルジョア的であるのかの判断基準は刻々と恣意性を増し、ケチの付けあいから殺人にいたるパターンが繰り返された。しかしそれは必然的だと俺は思った。恣意性こそが状況を切り開いていくと信じていた。俺はピッケルで同志の心臓を刺し、ナイフで友の腸をえぐった。俺は率先して仲間を追求し、死に至らしめた。当然のことをしたまでだ。俺はこのときから人間ではなくなったのだ。
ところがある日の夕暮れ時、仲間の女性の一人と山小屋の裏で抱き合っているところを見つかってしまった。すぐには緊縛されなかったが、深夜に及ぶ激しい言い争いとなった。ちょっとでも非を認めると総括にかかる。俺は必死だった。夜半過ぎ、すきを見て例の女性の手を引きながら脱走した。俺は書置きを残した。もしお前たちが捕まった時に、われわれ二人のことをゲロしたなら、俺は逮捕されるまで、お前らの親兄弟を殺してまわる。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦