涼子あるいは……
母が私に残していった品々の中に、義父が書いた手紙があります。義父は日記や私的なメモの類はまったく書きませんでしたので、この手紙が唯一義父の肉声を伝えていました。義父が母宛てに書いたものではありません。実父に宛てたものでした。実父はそれを読まずに死にました。実父の事故の二日後に届いた手紙だったそうです。母は、義父に取り上げられないように、こっそりと保管しておいたのです。その内容をあなたに伝えましょう。手紙そのものはとうに私が処分してしまいましたが、私はそれを暗唱できます。
拝啓、元気にしているかい? 美人の奥方とフランス人形のようなお嬢ちゃんも元気だよな?
近くで暮しているのにお前に会わなくなってもう三年は経った。ということは、フランス人形ちゃんもそろそろ四歳か。
お前のことをときどき思い出すよ。話相手がいない俺としては、むしょうにお前に電話をかけたくなることがあるし、電車に飛び乗りたくなる衝動を抑えるのに苦労することもある。しかし会えばまた喧嘩になるだろうから会わないほうがいい。絶交の約束は守ろう。
ではなぜこんな手紙を書いたか? 言っておくが、特に用件はない。だから今捨ててもらってもかまわない。俺のわがままで書いただけだ。俺は、鬱病が進行し、自分でも何をやらかすか分からなくなってきている。不自然な死に方をしかねない。親兄弟のない身だ。俺はその存在の痕跡すら無いままに消える。望むところではあるが、お前にだけは挨拶を残しておきたい。だから書いた。



