涼子あるいは……
われわれは夢を持っていた。陰謀をたくらんでいた。その実現のために、知を鍛え、体を鍛えてきた。世界を転覆せんと夢想する革命家たらんと、それを支持する無敵の戦士たらんと。それらを目指してきた者らがこのざまだ。脱出は絶望的だった。
彼女が存在する限り、生涯の最初の段階で躓き破綻する児童は増えていく。彼女を抹殺しない限り止らない。だから、いいか、よく聴け!
児童福祉の観点から、彼女を殺害することに決めたのだ。
狂っていると言いたければ言え。われわれにとっては、涼子殺害は必然だった。私個人に限っても、殺害の完遂によって、明瞭に、最終的に、性欲の泥沼から抜け出られはずだった。再び整合的な生活がよみがえるはずだった。死は生存を購うのだ。聴いているのか!
この最終決定に至ったのが七月なかばだ。もうひとつ切迫した理由があった。すでに六月に問題はおきていた。山岸涼子が妊娠したのだ。相手は太郎だ。時期的に見てまず間違いない。私の可能性もなくはないがね。太郎の精子数は、一CC当たり一億二千五百万で、成人男子の平均値ほどだ。私は五千万で、運動性の精子が半分以下なので、妊娠させることができるかできないかのボーダー上にある。精子の数は、私も太郎も自分自身の精液を顕微鏡で観察して概数を求めた。小学校の理科室というのは便利なところだなぁ。君の可能性? 全くないね。君が無精子症であることは涼子から聞いている」
「…………」
「はは、沈黙か。よい心がけだ。わたしが、質問はないか、とたずねるまで、沈黙を続けて、私の話を聞いていなさい。
彼女は自分が妊娠しない体質だと思っていたので最初は驚いた。昔、ある人物から、性感染症をうつされて、妊娠不能になったと信じていたから。君は彼女が外傷以外の理由で病院に行ったことはないなどと聞いていなかったか? だまされていたね。彼女は十歳の時に産婦人科に通っていたんだよ。ほかにも、もっともっと君はだまされていたんだが……
ある人物とは、だれであるか、君はもうすぐ知るだろう。
彼女は熱烈に子供をほしがるようになった。動転した太郎はこの年齢で子供はつくれないと泣いた。しかし彼女は最後まで譲らず、われわれの殺害意欲をあおることとなった。



