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涼子あるいは……

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金吾は、このような心理的生理的変調は敵の戦術に上手くのせられた結果だとわかった。あらためてぞっとした。
そのとき、闇の奥からかすかに音が聴こえた。だんだん大きくなってきた。
床の上を引きずるような足音。聴いたことがあるような足音だ。誰の足音だっけ…… 思い出せない。いや、そうではない。思い出しすぎる!
雨が強くなってきた。窓に当たる雨粒の音が小太鼓の連打のようだ。
足音がやんだ。テーブルの向こう側にも同じような椅子があるはずだが、敵はその椅子を引かない。ノイズしか聞こえない。
暗闇に浮かんで、なにかが見えた。白い二つの手が背もたれをつかんでいる。相手は、背もたれに両手をのせて、椅子の背後に立っているのだ。
雨は土砂降りとなった。雷も鳴り始めた。
相手は依然として無言だ。こちらから話しかけるべきなのか、金吾は迷う。さらに時間が過ぎていった。
遠く、山のほうで鳴っていた雷は、急速に近づいてきた。轟音を立て始めた。
一瞬。稲妻がカーテンの隙間からもれて室内を斜めに走った。その光はテーブルの向こうにある椅子を照らし出した。
金吾の背中に戦慄が走った。我が目を疑った。想像を絶する光景だった。
立っている人物には上半身がなかった。
雷鳴とともに相手は口を開いた。
「よく来た」
ああ、声が!
その声は落雷のように金吾を刺し貫いた。金吾は大声で叫んだ。吼え猿のような叫び声をあげた。生まれてはじめて、どこの剣道場でも出したことがない、とてつもない大声を出した。言葉にならない絶望の叫び声だった。額をテーブルに打ちつけた。何度も何度も打ちつけた。血が出たはずだ。
自らの、話にならない不明ぶり、愚かしさ、甘え、油断、洞察力のなさ、取り返しのつかない大失策にくらくらめまいがした。
なぜ気がつかなかったのか。
ああ だまされていた、だまされていた。
たどり着いたところはこんな惨憺たるところだったのか。
見たくなかった。知りたくなかった。ぜひ知りたいと思っていたことは最も知りたくないことだった。こんなことを知ってしまってこれからどうやって生きていくのか。
毎日接触してきたのに。しっかり把握していると思っていたのに。
こんな馬鹿なことが、恐ろしいことが、起きていたとは。
なんたることか。
なんということをしでかしてくれたのか!
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦