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涼子あるいは……

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敵の正体を、事件の総体を、真の涼子を把握したいという圧倒的な欲求が恐怖心その他諸々に打ち勝った。この欲求の価値はいまや計り知れなかった。その促すところに従わずにはいられなかった。金吾は、最終的に覚悟を決めた者の持つ、一種晴れやかな気持ちをいだいて、闇と対峙した。おもむろに闇の中に踏み込んだ。
窓の幕は垂れたままだが、今、眼には見えない最後の幕が切って落とされた……
三、四歩進んだところで、前方にぼんやりと椅子の背もたれが見えた。それをつかんで引き寄せ、テーブルに向かって着席した。傘は右膝に立てかけた。大きなテーブルだった。金吾の坐っている短辺が約二メートル。長辺の長さは端が闇に消えているのでよく分からない。
テーブルの上に灰色の小型アタッシュケースが置いてあった。そこから親密感が吹きつけてきた。金吾はぎくりとし、それから懐かしさといとおしさにむせた。涼子の愛用していたノートパソコンだった。わずか二日で思い出の記念物になってしまった。そのモニターは何百時間も涼子の眼にさらされた。キーボードは何万回も打ちこまれた。涼子といっしょに生きてきたパソコンだった。今は息を潜めて静まりかえっている。涼子がそこにしんと正座して坐っているような気がした。
雨粒が窓を叩いていた。遠くからかすかに祭囃子が聴こえてくる。その音のはるか手前をうーんという高音が、かすかにドップラー効果を伴って過ぎていく。右の耳をかすめて蚊が飛んでいったのだった。そのほかには通常の音はない。
金吾には通常人には聞こえないノイズがいつも耳の奥で鳴っている。子供のころ、これを気にしすぎて気が狂いそうになった。ノイズと和解するまでに何年もかかったのだ。今は、そのノイズが金吾の唯一の味方として声援を送るかのように、親しげにわめいていた。
何分過ぎたのか金吾にはわからなくなった。暗闇に視覚を奪われたついでに、時間感覚までが支障をきたし始めたのか。他の感覚はいったいどうなっているのだろう。いざというときに敏捷に動けるだろうか。
さらに時がすぎた。約束の八時はとっくにすぎているはずだ。金吾は金吾蔵を待つ小次郎か、と苦笑しそうになる。そしていやな感じが背筋を走る。小次郎は負ける……
暑い。閉め切っているせいもあるが、三十五度はある。冷や汗交じりの汗が全身から吹き出ている。早くものどが渇いてきた。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦