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涼子あるいは……

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ブルの周囲をよく観察してみる。塀に沿っていくつかある土饅頭のひとつが他に比べて新しい。草の上に土がかぶっている。ブルの傍らに散乱している古びた合板をじっと見る。金吾は想像した。合板の下にゴミはなく、空洞になっているのではないか。合板で穴を覆ったのでは? 山になった土塊から推察して深さ二メートル半、広さが三畳ほどの容量だろう。何のために?
突然、金吾は奇怪な想念に捕らえられ、恐怖に襲われた。自分を埋めるためだ。自分の死体が穴の底へ何者かによって蹴り落とされるのをありありと想像した。自分は殺されるのか。この庭に埋められるのか。今まで長い間この建物も庭も放置されてきたようだ。自分も放置されてたちまち白骨と成り果てるのか。
馬鹿な、と思った。妄想を打ち消そうとした。自分が殺される理由がない。根拠の希薄な暗示にかかるのは、衰弱の兆候だ。しっかりしろ。
暗いからよく見えないが、シャベルに付着した土のようなものは、レンガ塀か土塀を壊したときについたのであって、新しくはないのだろう。あそこの土饅頭も他とやや土質が違うだけで古いものだろう。土が草にかぶさっているのは、梅雨のころに土砂が流れたからだ。
深呼吸をしてから、おもむろにドアの取っ手を引いた。
中は真っ暗だ。どの窓にもカーテンがひいてある。黒の緞子でできた、カーテンというよりは遮蔽幕のような垂れ幕だ。ドアを後ろに閉じた途端、再び恐怖心にとらわれた。
あのメールに乗せられ、だまされて罠に飛び込んでしまったのかもしれない。警戒心を麻痺させられているのかもしれない。手遅れにならないうちに逃げ出すべきではないか。とんでもない危険が息を殺して待っていそうな気がする。そういう疑惑が生じるにはそれだけのわけがあるのだ。そのわけの詳細はわからなくても、自らの本能の発する危険信号に耳を傾けるべきだ。それは恥でもなんでもない。何のための冒険か。何のための我慢か。無鉄砲なヒロイズムに酔っているだけだ。撤退の勇気を今持たなかったなら、このままここに居つづけたなら、怖ろしい目にあうだけではないのか……
しかし金吾は退かなかった。眼が慣れるまで、ドアを背にして立っていた。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦