涼子あるいは……
二十五歳の独身男の部屋としては例外的にきちんと片づいている。今年の冬まで居座っていた学生寮の塵まみれの部屋とは大違いだ。几帳面で掃除好きの涼子が、ずぼらだった金吾を教育した成果だ。涼子は来るたびに掃除をした。金吾は面目なくて、手伝っているうちに、自分から掃除をするようになった。フローリングの床を四つんばいになって拭いている涼子。額から落ちた汗も一緒に拭いていた。床をこするたびに裸の胸がゆれた。小刻みな縦ゆれを金吾は悩ましく思い出す。
掃除が行き届いているといっても瑕瑾はある。ゴミ箱にスイカの食べかすが捨てたままになっている。涼子とおととい一緒に食べた。
開けっ放しの窓を見る。学校は全館冷房完備だが、涼子は冷房を嫌っていた。レースのカーテンは左右に引いてある。保健室のカーテンと同じもので、涼子が縫った。
隣の家の物干し場がみえる。とりこむのをわすれたのか、白い半袖シャツがだらりとたれさがっている。この物干し場には、痩せた白髪の老人が籐椅子を持ち出して坐っていることがある。ヌーディストだった涼子の裸身をのぞき見るためだ。
涼子は、部屋が着物なのだから部屋の中でさらに着物を着る必要はない、という奇怪な論理の持ち主だった、もしかすると、最初からコンドームを決してつけさせなかったのも、この理屈と関係がありそうだ、と金吾はさらに奇怪な連想にとらわれる。
涼子はその老人に向かって手を振り、投げキスをした。金吾は、自分も老人になった時は、こんなことをされて、鼻の下を長くするだろうとしょげたものだ。
ベッドを見下ろした。セミダブルのマットに黄色のシーツがまきついている。涼子のお気に入りのベッドだ。その上でふざけている涼子。
『お尻掻いてよ、背中も掻いて』
おとといは、あのへんに頭がきて、あのあたりが脚だった。まず、頭がベッドの脇に垂れ下がり、両足のつまさきで壁をつっかいぼうしていた。それから、両手両足を反っくりかえして、パラシュート降下のようにベッドの上から床に滑り降りた。ドン、と音がした。全身がうっすらと汗をかいて真珠のように発光していた。『床が冷たくて気持ちいい。子供の頃、雪が降るとそりの上で腹ばいになって直滑降してたの』