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涼子あるいは……

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気絶しないのなら、逆に冷静になってやろうとも思ったが、何のために冷静さが必要なのかが不明だった。自分の通常の精神スタイルを大変なエネルギーを費やして回復することが今何らかの利益をもたらすとは思えなかった。むしろ、そのスタイルへの疑惑が生じた。守り通してきたキャラクターが崩壊し始めた……
圧倒的な悲しみのせいで金吾は坐っている力さえ失ってしまった。こんなことをしてはいられないと思いながらもへなへなとベッドに仰向けに倒れこんだ。涼子のマンションへ行く勇気が急に萎えた。そして恐怖が襲ってきた。
教頭の言葉を小声で繰り返す。
夢ならば醒めてくれ。
賃貸マンションの薄汚れた天井が追想を投影するスクリーンとなった。
涼子の顔が大写しに広がった。
百の笑い顔のあとに、きのう喫茶店で会ったときの、不可解な泣き顔があらわれた。
今楽しく思い出される思い出は、過去でも楽しかった事柄に限定されるが、今悲しみの中で思い出される思い出は、過去に悲しかった事柄とは限らない。喜怒哀楽わけ隔てなく、あれもこれもの場面の連発となる。
天井のスクリーンからは、この部屋で涼子と過ごした日常の断片が、切りそこねたトランプとなって、際限なくハラハラと落ちてきた。過去の映象が整理整頓を受けつけないままに氾濫して止まらなかった。
金吾には制御がきかなかった。手におえなかった。人間あわてふためくと、こんなにも脳の制御装置は役立たずになるのか。
金吾は天井から眼を離し、顎を引いて壁をみた。
さっきまで夢中で見ていたテレビがある。一緒にメロドラマを見ながら野次ったものだった。今はもうリモコンに触りたくない。恐ろしいものは見たくない。
その横にはトロフィーが二個置いてある。それでビールを飲んだものだった。
テレビの手前に二本の自分の足が見える。まばらに黒い毛が生えた大きくて金吾骨な足首だ。週に三回は白くて細長い足が加わって四本になった。
金吾は慎重に体を起こした。周囲を呆然と眺めやる。ここはどこだ? ついに頭がおかしくなったのか。四ヶ月間過ごしてきた狭苦しい一DKの部屋に過ぎないのに。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦