涼子あるいは……
金吾はさびた鉄格子のすき間に手を入れてかんぬきをはずした。敷地内に入ると門を閉じてかんぬきをかけなおした。パトロールの警官などが不審に思わないようにだ。
敷地は二十メートル平方ほどの正方形で、その四分の一を三階建てのビルが占めている。ビルは門の正面、敷地の南東部分に建っていた。一階は駐車場で右側に階段がついている。ビルの左側、つまり北東側の敷地には、ブルドーザーが二台放置してある。黄色いペンキが大方剥げ落ちて赤錆だらけだ。アームのところに木水建設の文字がかろうじて読み取れる。その手前には内装用の合板が二メートルほども積み重なって朽ちている。幾枚かの合板が地面に散乱している。会社の閉鎖の際に、ゴミ捨て場を掘った跡なのか、土饅頭が三つある。ブルと合板の山と土饅頭を囲むように雑草が生い茂っている。元は芝生が生えていたらしい。伸びた芝生と雑草が混交して群れ広がり、蚊なんぞには絶好の住処を提供しているはずだ。
しかし虫の声が聞こえない。街中であれほどうるさく鳴き喚いていたコオロギが、ここでは声をひそめていた。あるいは存在していなかった。そのかわりにコオロギとは音色の違う、低いうなり声のような、ささやき声のようなものが草むら全体から発していた。どんな虫なのだろう?
雨が降ってきた。ここのところ、はずれ続きだった天気予報が当たった。はずれを期待していた祭りの見物客は動揺していることだろう。
階段下に着いた。鉄製の手すりは緑色の塗料の大半がはげている。それに蔦が絡まっている。しかし、階段には誰かが掃き清めた形跡があった。
二階に上がった。テラスから下を見ると、今歩いてきた道と、草ぼうぼうの庭と、ブルと板材が見える。虫の音が街中と違うのは、さっきから変だと感じていたが、金吾にはもうひとつ腑に落ちないことがあった。
闇をすかしてブルをよく見る。シャベルのところに黄土色の土がついている。それが新しい粘土の塊のように見えた。変だ。長い間放置されていたブルを、つい今しがた誰かが動かしたのか。土を掘ったのか。



