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涼子あるいは……

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どうしても気になったので左側も見てしまった。次の角を曲がると涼子のマンションがある。その横丁の入り口付近は、案の定、黒山の人だかりだった。野次馬でいっぱいで、通行不能になっていた。交通警官が二、三人いたので、金吾は身をすくめた。もう一度右を見てから、普通の速度で道を斜めに横切り、何度も人にぶつかりながら三段ずつ駅の階段を走り上った。改札を過ぎようとしたらSuicaが切れていた。ドジ野郎が! と自分を罵倒した。改札を横眼でうかがいながらチャージして、構内の階段を駆け下りた。七時三十分だった。
七時から八時の間で、上下線の電車が同時に駅に着くのはただ一回だ。七時三十二分。前もって時刻表で調べておいた。さらに念のために駅に電話を入れていた。
「時刻表に載っているのは着の時刻ですか、発の時刻ですか」
「着の時刻です」
「祭りのせいで遅れがちでしょうね? 特に夜はそうなるでしょうね?」
「ほとんど影響ありません。今現在目立った遅れは出ていません。夜になっても大差はないと思われます。電車の速度や他の駅での停車時間等で微調整ができますので」
「上りと下りとで、駅にとどまる時間に差が出るでしょう?」
「そうですねえ。下りが若干長くなるでしょうかね。都心からの見物客のほうが多いですから。ま、しかし、それもたいしたもんじゃないです。五秒ぐらいでしょう。ところで、お宅様は、なんでそんなことを…」 
「いや、なに、ちょっと気になっただけで。どうもありがとうございました」
金吾は上りホームを立川寄りの端まで歩いてから後ろを振り返った。誰も金吾を見ていなかった。
上下の電車がぴったり同時に入ってきた。ドアも同時に開いた。ホームは人でいっぱいになった。人ごみを縫って、金吾はがらがらになった上りの電車に乗りこんだ。座席に坐った。ドアが閉まりかけた。席を蹴って立ち上がるとドアに走り寄り、閉まろうとする隙間に傘をつかんだ右腕を突き出した。ドアが腕を締め付け、おもむろに開いた。ドアから走り出てホームの向かい側の下りの電車に飛び乗った。間髪を入れずにドアは閉まった。その間ほぼ五秒。動き始めた電車の窓からホームをうかがった。不自然な動きをする者はいなかった。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦