涼子あるいは……
生鮮市場の前でなんとか人の流れの外へ逃げて立ち止まった。奥から女店員が、汗をほとばしらせながら、八等分したスイカを盆に載せて運んでくる。百円玉とひきかえにそのスイカをほおばりつつ、通りの左右と道の向こう側を観察した。
尾行の刑事は、通常は、本庁一名所轄一名からなる二人組だ。両者はお互いに少し離れて金吾を観察しているはずだ。並んでいると素人眼にも目立ちすぎるからだ。金吾は眼を光らせた。体格がいいおやじ。行ったりきたりしているか、立ち止まっているか、坐り込んでいるか。金魚すくいの前に、横顔をこちらに見せてたたずんでいる男がいる。UFJ銀行の前で心配そうに空を仰いでいるおやじがいる。セブンイレブンの前で、携帯にどなっているやつがいる。
さて、どいつだ?
金吾は、スイカの皮をそばのゴミ箱に投げ込むと、生鮮市場のドアを押して中に走りこんだ。人ごみを掻き分けて店内を進むと正面に調理場のドアがある。ドアを開ける前に後ろを振り返った。金魚すくいの前にいた男が、胸ポケットから携帯を出して、口をパクパクさせながら、小走りに通りを横切ってくる。人ごみにつっかえて前になかなか進めない。
ドアを開けると、調理人たちが、一斉に金吾を見た。白衣を着た中年の女が、あのっ、と言った。ぶつかりそうになった。金吾は、いつもお世話になってますぅ、などと小声でごまかしながら、足早に次のドアに向かった。開けると積み上げられたダンボールの山に危うく衝突しそうになった。左に曲がり、右に曲がり、ダンボールと発泡スチロールの壁にはさまれた迷路を通り抜け、裏口のドアを開けた。ドアのそばにたむろしてタバコを吸っていた二人の店員に軽く会釈をしながら走った。
出てすぐの道を右にたどり、ヘアピンカーブになっている角を曲がって駅のほうへ戻ろうとした。ただ、ここで市場の側面を回りこんでくる刑事と鉢合わせする危険性があったので、曲がる前に、立ち止まって、駅前広場のほうをうかがった。



