涼子あるいは……
金吾が側溝を見つめていると、鉄製の蓋の隙間から、コオロギのひげがはみ出ているのが見えた。うごめくひげが点々とみつかった。多摩川へと何百メートルかを傾斜しながら下っている毛細管のような排水溝を、コオロギは遡って大移動してきたらしい。溝の内壁にびっしりとまつわりついているコオロギを思って金吾は怖気をふるう。
駅前広場は踊りとお囃子の競演会場となっていた。山車が角突きあうように並んでいる。狂気の白狐が、指を曲げ両腕を突き出して、宙に卍を書きながら踊る。哄笑する翁の面をつけた矮人が、ひとを馬鹿にしたように肩をピクつかせながら跳ねる。ギョロ眼で髯もじゃの侍が大なぎなたを振り回す。金襴緞子の帯を締めて手踊りをするおかめの周りをサルが走る。
群衆は道一杯に広がっている。歩道と車道の段差のところには、中高生がずらりと坐りこんでいる。車道の真ん中で胡坐をかいているものさえいる。歩いている者も、坐っているものも、大声でしゃべっている。飲み食いする音も遠慮がない。断食の直後のようだ。しゃべっては口に入れ、口に入れては食べてはしゃべる。さまざまの猥雑な音が混然となって、吹かしっぱなしのジェットエンジンのような轟音になる。人々はその音の渦に快く身を任せ、九時半までの短い非日常を堪能する。
福生駅の階段は人の滝となっていた。いくつもの横丁は支流となって人の流れを本流に注ぎ込む。駅の階段を下りてきた人々の中には、立ち止まって山車を見ようとする者もいるが、たちまちうしろから押されて、駅前通りに流れていく。
金吾も人の群れに混じって駅前通りに足を踏み入れた。左右から七夕の飾りをつけた直径二十センチの竹竿が何本も車道に向かって突き出ている。ビニール製の吹流しが歩く人の顔をなでる。はずれ続きの天気予報を無視して、雨具を持っている者はほとんどいない。歩道はラッシュアワー並みの混雑だった。耳を劈く騒音の渦中、背後で大きなげっぷの音がした。鎖を離れた犬が一匹、人々のつま先にこづきまわされて、パニックに陥っていた。一定の速さで、ゆるゆると移動するしかない。金吾の周囲は祭りとはもはやいえないような様相を帯びてきていた。焼き鳥、うなぎの蒲焼、エスニック料理、お好み焼き、もんじゃ焼き、焼きそば、餃子、等々。売店から漂ってくる匂いと煙で鼻がむずがゆい。



