涼子あるいは……
ジーパンに青と白の横縞のTシャツを身につけ、バスケットシューズをはき、右手に長いこうもり傘を持っていた。天気予報は、多摩地域は曇りまたは雨、ところによっては大雨や雷の恐れもあると伝えている。だから、持っていても不自然ではない。
学生のころに細工をした傘だった。しょっちゅう身に携えてきた愛用の品だ。雨が降ってもさしたことはない。実際に使ったことはない。今日が初めてになるかもしれなかった。傘の竿は直径三十ミリ長さ九百ミリ重量五キロの鉄芯だ。
空を見上げると、雲がざわざわと寄り集まり、紺青の空を大急ぎで遮蔽しようとするところだった。絞り込みに慌ただしい雲たちがまだ届いていない空の空き地に、火星が赤く光っていた。火星と眼が合った。黒雲の下面が、祭りの発する光を反射して薄紅色に染まっていた。その不吉な雲たちは、まもなく空の全面を覆うだろう。街を見下ろす雲は天蓋となり、その下に超満員の観客を呑んだ劇場を作り出すだろう。クライマックスの始まりだ。
わずか横三百メートル、縦七百メートルの長方形の土地に、この週末、四十万人を越す人間が殺到する。異常な、ほとんど危険な状況となる。人出の瞬間的な人口密度だけを比較すると、日本の祭りでは第一位であるらしい。三本の本通りは、群集で膨れあがる。今回は事件のせいでさらに混雑が増していた。ここに来る誰もがあれを知っている。妖しい好奇心に焙られ、祭り気分に煽られ、人々は皆躁状態に陥っている。
何ともかしましい音の氾濫だった。街路には二十メートルおきにスピーカーが取り付けてある。三橋美智也と三波春夫と都はるみの祭り音頭が順繰りにエンドレスに大音量で流されている。
数箇所にステージが組まれ、生バンドが、これも大音量で演奏中だ。
こおろぎの鳴き声がすさまじい。通奏音となって街の賑わいを下から支えている。靴の音、下駄の音、草履の音、とにかく路面をすっていくすべての音響に抗議の声を上げているようだ。姿は見えない。大量発生。どこに隠れているのか、



