涼子あるいは……
「もっともだ。少し詳しく言おう。Aは、山岸先生の敬愛の的だった。先生はAに忠誠をつくした。Aもまた慈愛で答えた。Bは、個人というよりは集団だ。山岸先生は、個人としてのBの、詳細なプライバシーを把握していたし、集団としてのBの、目的や組織内容も把握していたんだよ。Cは、山岸先生をかわいがり、愛し、先生に甘え、見返りを求めていた。先生を自分の支えだとみなしていた。Dは君らの知ってのとおりだった」
知らねーよ、白状しなよ、と野次。
「最も犯人らしいのはそのうちの誰だと思うの? Dを含めて?」と、上原乙女が好奇心を恥じているかのように口を右手で押さえながら言った。
「Aは、証拠隠滅のための意図的行動をとった疑いがある。しかし、今のところ強力なアリバイがある。Bは、個人としての行動と複数での行動と事情が大いに異なるようだ。複数での行動に加減はなさそうだ。Cは、独占欲の塊だし、愛憎の度が激しいから何をしでかしたかわからない。しかし脆弱なところもある。Dは、世間での評判では、犯人候補の第一等だ」
全員がどっと笑った。
「さて、先生が感じる最も犯人らしいのは、……集団としてのBかな」
金吾は、随分適当なことを口走っているなと自己嫌悪を感じた。
生徒たちは、上体を背もたれに寄りかからせて、顔を見合わせながらため息をついた。なーんだと言う子もいた。口笛を吹く子もいた。
そしてみんな押し黙ってしまった。しかめっ面がたくさん見えた。Bを特定することは勿論彼らにはできないが、そのイメージが伝わって神秘性が失せてしまったからかもしれなかった。金吾があっさりと結論めいたことを言ったので、むしろ金吾の独断に対する不信感も生まれたようだった。金吾は、予想外の効果にがっかりした。こんな親密なサークルでさえも自分は無力だった。失敗した。金吾は悄然となった。
「そら、もう終わりだ。何度も言うけど、休み中危険なことだけはするなよな。まずは今日の祭りで羽目をはずさないことだ」
金吾と生徒たちは同時に立ち上がった。
真昼の太陽が校庭を白く照らし、その分だけ対照的に、教室は半日早く闇が迫ってきたかのように薄暗かった。
八月七日土曜日午後七時
金吾は指定された時刻の一時間前にマンションを出た。



