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涼子あるいは……

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普段はわずかに眼からのみ窺える得体の知れないあるものが、昨日は涼子の全身から発散していた。それの全面展開が間近だった。それはもうすぐ涼子をすっぽりと包み込むことになっていたのだ。金吾は、それの出現におびえながら、その実体がなんであるかと考えてしまったのだ。たくさんのクエスチョンマークが頭の中を飛び交った。解釈にふけってなんぞいたから、涼子の死を招いたのだ。今ではその正体はわからなくても感触は掴めかけている。それは、死あるいは無に関連するなにものかだったのだろう。
金吾には妙な予感が既にあった。なにかが起こり始めていると感じてはいた。涼子の体内で、何かが始まっているらしかった。脳内で、何かが暗躍しているらしかった。知りあったころの涼子は、悠揚迫らざる落ち着きを保っていた。たいした貫禄だった。しかし近頃は、はしゃぎっぱなしだった。鬱の時でもうつしみを形だけ現実世界に残しておいて闇の奥にひっこんではしゃいでいた。あの異常なほどの高テンションと、あの死と無に関連したものは密接に繋がっていたのではなかろうか。同一のものの別様な現われではなかったか。水からあげた魚がのた打ち回るように、死に際だからこそはしゃいでいたのではなかったのか。
金吾は床から立ち上がって、ベッドに腰かけた。頭を抱えてうめいた。長く長くうめいた。
スチール製のベッドサイドテーブルを力いっぱい殴りつけた。真ん中がこぶしの形に陥没した。
驚愕と悔恨に続いて、悲しみが襲いかかってきた。日常的な抑制の堰を一挙に打ち破って金吾を飲み込んだ。父親が死んだ時でさえ、こんな悲しみは感じなかった。激烈な悲しみだった。
涙はなぜか出てこなかった。だが、制御不能の生理的変調が始まった。具体的には、うーん、うーんという耳鳴りがうるさいほどになった。
金吾は、生まれつき、日常生活には支障ない程度の異常聴覚器質を持っている。そのせいでいつも軽い耳鳴りがしている。しかし、今この時点での耳鳴りは、二台のコントラバスの胴に両耳を挟まれているような、初めて経験する恐ろしいものだった。
右側頭部に偏頭痛が周期的に走った。
涼子の死に対する最も誠実な生理的反応は気絶であろうが、残念ながらそうはならない。気絶しないのだから自分は不誠実なのだろう。金吾はいじける。さっさと気絶したいとはさっきから思っているのだが…… 
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦