涼子あるいは……
突然水面が盛り上がって、長い髯をうち震わせながら竜が踊り出た。螺旋を描いて上昇しながら水を攪拌し渦を残して去った。波は目じりに押し寄せて涙となって溢れた。あふれるだけでなく、岸を押し広げていく。
池はどんどん広がり、湖となる。湖面は午後の陽射しを浴びてきらめき、観光船やヨットが物憂く走っている。夢の視点は降下して、ヨットハーバーの突堤の端にとどまった。
突然湖面に泥が沸きあがり、その真ん中からおかっぱ頭の女の子の上半身が飛び出した。口から泥水を噴水のように吹きだした。泣きもわめきもしない。こちらに向かって抜き手を切って泳ぎ始めた。金吾の全身に眼が醒めるくらいの戦慄が走った。両方の耳から何かが飛び出ている。耳から耳へ、鉄串が貫いているのだ。その子の大きな両眼が金吾をとらえた。夢の中で眼をつぶった。そんなことをしても無効なのはあたりまえだが! その子は金吾を見据えて離さない。 金吾はおそれた、その両眼がどんどん近寄ってくることを、その左眼に墜落していく自分の姿を認めることを……
八月七日土曜日午前九時
翌日は涼子のお別れ会が催された。
生徒たちは私語を一切せず、覚悟を決めた家畜のように、校庭にみっしりと立ちすくしていた。整然と列を成して身動きひとつしない。息すらしていないかのように見えた。こんな彼等を金吾は見たことがなかった。
生徒たちの異様な緊迫感は居並ぶ教師たちにも伝わった。教師たちのこんなにも姿勢のいい立ち姿もまた見たことがなかった。
金吾は、生徒と対面するかたちで五年三組の列の前に立っていた。
しわのよった黒ズボンやどうしても直らなかった寝癖やしみがついたままのネクタイを、生徒に見咎められているような気がしてならない。憂鬱だった。寝不足の上に、夏風邪をひいてしまい、頭がずきずきと痛かった。髪の毛に手をやると毛根に響いた。節々が痛く、寒気さえしてきた。真夏の、直射日光と南風とセミの声の只中で震えていた。上昇していく体温のせいで。今これから体験するはずの事態への恐怖のせいで。



