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涼子あるいは……

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無力感が容赦なく襲った。校長が深く関わっていることは察せられた。校長は、明らかに、何かを知っていた。からかい半分に、それをわざと匂わせていると金吾には受け取られた。ヒントはあげるが答えは教えないぞ。その余裕は、絶対に尻尾はつかまれないという自信に裏打ちされているようだった。一般論の楯の向こうに、得体の知れないエゴが隠れている。
金吾は情けなくて涙がこぼれそうだった。どうしてこれら今日会った年長者たちの張っているバリアーを突破できないのか。ある程度までは接近しているという実感はある。ただ見えてこない、真実が。
ドアを叩く音がした。ドアを透かして婦長の怒り顔が見えるようだった。十分はとうに過ぎていた。
部屋を出るときに、金吾は婦長と小声で形式的な喧嘩をした。最後に振り返ると、校長はテレビを見ていなかった。枕の下からハードカヴァーの本を取り出し、布団を耳までかぶって、読書に取り掛かっていた。薄暗闇の中、はすかいに見える表紙が示すところでは、彼が抱えている本は、日本犯罪刑罰史全十巻のうちの江戸編だった……

その夜、金吾はなかなか眠りに入ることができず、ベッドの上で輾転反側した。浅い眠りすらも悪夢に妨げられた。夢の中の光景におののいて何度も眼を覚ました。
校長と涼子が言い争っていた。涼子は子供を産むと主張し、校長は冗談ではないと猛り狂っていた。普段は紳士然としている校長が涼子の頬を張った。
山崎たちが、椅子に縛りつけられている涼子をとりかこんでいた。山崎は、誰に通報していたのか白状しろと言いながら涼子を小突き回していた。涼子は髪を振り乱して無実を主張した。
風呂上りの女史と涼子がソファの上で絡み合っていた。涼子はうつぶせの女史の背中を両肘で押していた。女史は眼をつむって幸せそうだ。
大写しの涼子の顔が現れた。表情が刻々と変わっていく。まず美しい顔いっぱいに、憐れみが広がった。困惑がそれに取って代わり、かすかに顔をゆがませたが、結局は諦念がその緊張をほどいた。底なし池の両眼が迫ってきた。大きく広がった池。金吾は奇怪なものをそこに見て戦慄した。やぶにらみの左眼の池に、まず校長が右手で眼鏡を押さえながら落ちていく。続いて山崎が、手足をぐるぐるまわしながら落ちていく。最後に女史が大きな水柱を上げて落下した。みんな浮いてこない。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦