涼子あるいは……
君にはやるべきことがありましたよね。私がわざわざ君をスカウトしてきた理由はわかっていますよね。
わが校は、今や学習面で、国立や私立の小学校を凌ぐ勢いです。自慢じゃないが、私が、世論と文科省の強固な反対を押し切って、公立小学校にもかかわらず、能力別教育と英才教育を採りいれた結果です。越境入学の申し込みは引きも切らずです。移転してでもわが子を通わせたいという親が多いために、学区内の世帯数が年々異常な増加率を示しています。特に、各学年の三組は特別クラスです。さらに五年三組は特殊です。昨年度担任の先生は、ノイローゼになって他校に転出しました。これは、今初めて君に打ち明けるのかな? 誰があのクラスを統御できるか。私はやっと君を探し当てた。君がどんな実験をしようが私はかまわん。最初から、君に言ってありますよね。君の活躍の場は教室です。山岸問題で活躍しようとしても、結果は失礼ながら知れています。知れているどころか、マイナスが出るでしょう、さまざまな面で……
山岸涼子は、そっとしておいてあげましょう。君の愛情が理解欲求をせきたてていますが、彼女は亡くなってしまった。理解したところで何になりますか。忘れることに努めるべきです。それこそが愛情の証でしょう? 忘れることで愛情は結晶化してくれるんだ」
「愛情のせきたてによろうと何によろうと、私はよく認識したいだけです。動機づけるものは何でもいいのです。愛情であろうが憎悪であろうが。木炭であろうと、核分裂であろうと、何を手段にしても、水は百度で沸騰します。動機付けの種類など認識の沸騰に関係はないです」
「認識? 還元の連鎖としての認識のことですか? 還元させる元の公理は、古代からの慣習的な感覚を、近代が剽窃して作っただけなのに、そこまで降ろせばわかったと安心するのは、認識どころではなく、知の怠惰そのものです。破廉恥なロマンティシズムです。徒労でもあります」
「では、公理なしでいきます」
「公理を取り払った認識? ほほう、誠実さがワンランク上がるような気もいたしますなあ。誠実とはモラルの一カテゴリーをなすに過ぎませんが、一方モラルの同義語かもしれません。認識とモラルは一体であったとか?」
校長は鼻で笑った。金吾はその笑いをさえぎるように続ける。



