涼子あるいは……
分厚いレンズは、はちきれそうに膨れ上がり、まさに金魚鉢を見ているようだった。上から眺めると痩せてたいした大きさでもない金魚でも、水平に窺えば屈折の魔法によって、悠然と水中を突き進む大魚に見える。校長の眼は眼鏡のフレームからはみ出さんばかりに拡大し、実際の幾倍にもなった瞳孔だけで、金吾を見つめていた。この点に関するかぎりでは、友彦とそっくりだ。友彦の分厚い眼鏡の底の眼は、校長と同じものだ。校長と友彦と、拡大してみれば同じに見えるとは、なにやら暗示的だった。この同一が伝えるものはなんだろうか。
二人とも眼鏡をはずせばほぼ盲目だ。分厚い眼鏡の奥の眼は、よく見ようとする不屈の意思を現しているように思われた。
よく見るということは、共通地盤、がっかりさせられる普遍を強いて求める行為だ。校長も友彦も、がっかりさせられる普遍を眼鏡の向こう側からもう見てしまっているのだろうか。それとも、二人は、別世界から眺めているのぞき穴が同型だから、この世界へのシニックな接し方も似てくるのか……
「驚かせてしまいましてまことに申し訳ございません。ぜひお聞きしたいことがございまして、こんな時間に参上してしまいました。私の勝手な振る舞いでありますので、ご不快ならばそうとはっきりおっしゃってください。引き下がりますから」
金吾は頭を下げたままで言った。
「いや、かまわんです。どうぞ、そこの椅子にお坐りください。今朝は君に大変お世話になってしまって、私は早く御礼をしなくてはと思っておりました。これこのとおり」
椅子に坐った金吾に向かって、校長はベッドの上で正座して手をついた。金吾はすぐに立ち上がり再び頭を下げた。
「みっともない有様を皆さんに見せつけてしまったし。私、恥ずかしさのあまり、登校拒否になりそうですわ。ハハハ。まだちょっと疲れが残っとりますので、失礼させていただきますよ」
校長が脚を布団の下に伸ばしたので、金吾も椅子に坐った。
「私は看護婦さんに十分しか時間をいただけませんでした。いくつかの質問をなるべく簡潔にさせていただきたいと思います。お答えも簡潔であればあるほど幸いです。
昨日は、新潟に向けて何時に福生を発たれましたか?」
校長は、金吾の詰問めいた口調に、たちまち興味を抱いたようだった。



