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涼子あるいは……

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校長の病室は、廊下が描く大文字のTの水平の線分の左端にある。金吾が今いるのは同じ水平の線分の右端だ。足音を殺してゆっくりと進んだ。Tの字の垂直の線分との接合点を過ぎるとき、左を見ると、こちらを見つめている厳しい眼つきの看護婦がいた。垂直な線分の下端が三階のナースステイションだった。その、腰から上がガラス張りの部屋から、金吾を見咎めた看護婦が走り出てきた。
小柄で四十がらみのきつい顔の女だった。
「面会時間が過ぎているのはご存知でしょう? どこにいらっしゃるんですか?」
金吾は名刺を胸ポケットから出しながら答える。
「私立五小校長の神永伸一郎の病室です。職員会議の議事録要約と校長の指示を仰がねばならない幾つかの動議の記録を持ってまいりました」
そういって金吾はズボンのポケットを叩いて見せた。実は何も入っていない。
「私がお預かりして明朝お渡しいたします」
看護婦は金吾の名刺を見つめながら強い口調で言った。
「実は口頭で伝えるしかないことがございます。ご存知のように重大事件が発生しましたので、悠長にはやっていられない事柄もあるんです」
看護婦はしばらくの間無言で金吾を見上げていた。
「わかりました。神永様は現在、面謝もとれて安静にしていらっしゃいます。ご就寝中ならお起こしできかねますが、起きていらっしゃったならば、十分ほどはお話になってかまいません。ただし、その場合は、私が外で待機することになります。おいで下さい」
「恐縮です」
病室の前に着くと看護婦はそっとドアを開けた。鍵がかかっていない。ふり向いて金吾に会釈をして横にどいた。
校長は暗闇の中でヘッドホーンをつけてテレビを見ていた。モ二ターの明かりが、校長の蓬髪を薄のように銀色に照らし出していた。
呼びかけたが聞こえないようなので、電灯のスイッチを入れた。
校長はヘッドホーンをはずしながら、驚きの表情を浮かべて金吾を見た。例の分厚い眼鏡をかけている。その眼鏡を見て奇妙なことに少し安心する。しかしその安心は長続きしなかった。眼鏡の奥の眼そのものは金吾を安心させるどころではなかったからだ。この眼を間近に見るのはいつまでたっても苦手である。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦