涼子あるいは……
静岡の親戚に厄介になって、引退生活を送ろうかと思っていた私を、涼子さんが『思い出にさいなまれながら生きてはいくことはできない。あなたはまだ若くて環境の変化にも順応できる。働き続けなさい』と叱咤激励してくれたわ。私は亭主がいなくなって一人暮らしだったマンションを引き払ってここに移り住んだの。その手続きはすべて涼子さんがしてくださったの。『働くのよ。働くことが、作業療法になって、心境が変わっていくからね。私もずっとそうしてきたのよ。本来のあなたを取り戻してね』と涼子さんは言ってくれた。そのとおりにしてきたわ。ここでは、明朗快活、元気溌剌のおばさんで通してきた。実際、それが私の本来の姿だと思うからね。少女のころは、はちきれそうな活発な子だったわ。そういう私に還っていくのが楽しかった。しょっちゅう涼子さんが立ち寄ってくれて、仲良し姉妹か母娘みたいに過ごしてきたの。いやー、実を言うと、それ以上よ、それどころではなかったわよ、もっともっと……
ああ、しかし、あんたが出現して、私らの蜜月時代は終わっちゃったぁ」
金吾は、女同士の対幻想もありうることを忘れていたな、と思った。その幻想が壊れたとき、正確には、金吾がそれを壊したとき、女史がどんなに大きな心理的ダメジを受けたか、さらにそのあと、どんな行動をとったかを想像しようとした。見たくない光景が襲ってくるような気がして、金吾は頭を振って心の趨勢にブレーキをかけた。
この人が何かをしたかもしれない……
しかし、今これ以上追及すると、もっと悲しいことがあふれ出てきそうだった。女史にとっても、金吾にとっても。そして涼子にとっても。
「あんたにさっき、私らの恥ずかしい写真、見せたわよね。だけど、あんた、実はもっと恥ずかしいことが載ってるもの、CDとか何とか、涼子さんから預かってない? 変なのよ、あの人、この私に、なんにも遺さないであの世に行っちゃったぁ。みんなまとめてあんたひとりに預けたのかもって、おばさん、ずーっと疑ってるのよ。あんた、もう中身を見ちゃってるのに、おばさんの前では知らん振りしてるんじゃないのぉ? お願い、後生だから、おばさんに関するところを消して!」
「ご安心ください。涼子は紙切れ一片さえ、僕に残していきませんでした」
この場を立ち去る時がきたようだった。



