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涼子あるいは……

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思案にふけっていた金吾は、女史に膝をつつかれて我にかえった。いつの間にか、彼女は身を起こして、心配そうに金吾の顔を覗き込んでいた。
「涼子さんのことを、思い出してたんでしょ。私も、今、そうだったのよ。ああもう、朝からよ。今日一日中よ。二人でたんと思い出しましょ。私たちだけのお通夜だったわよね」
金吾は上の空で女史のことばを聞いていた。通夜の参加者はたくさんいるはずだ。この町のあちこちで、たくさんの人たちが思い思いのやり方で通夜を執り行なっているはずだ。殺害犯が、まだこの町のどこかに潜んでいて、犯行を反芻しているかもしれない。いや、顔見知りの犯行であるのがほぼ明らかだから、犯人はよそへ移動できない。急にいなくなった者を警察は必ず追いかける。犯人は、この町のどこかで犯行の詳細を思い出しながら酒でも飲んでいるに違いない。殺害犯も通夜をする。
「君、悪いけどね、指圧してよ」
再びソファの上に横になった女史は、うつ伏せになって、左手の親指を脇のあたりに何度も突き刺しながら言った。
「手が届かないなあ。背骨を頼むわ」
えらいことになったな、と思いながら、金吾は、女史の体の横に片ひざを立てて坐り、両手の親指で、彼女の背中を押し始めた。
「あっ、いい気持ち。あんた上手ねえ。誰にしてあげてたのよう。
アハハ、わたしバカよねぇ。涼子ちゃんによね、当っ然。
会うたんびにしてなかった? 指圧のことだけど。あんた、涼子の体をぐいぐい押してたんでしょ? 
涼子は時々肘をつかったわよ。それもあんたが仕込んだの? 亭主も上手だったけど、涼子タンは私のつぼを心得てたわよお。
おっ、おっ、おっ、似てる、似てる、押し方やくじり方が涼子タンとそっくりじゃん。
あっ、あっ、チクショウ、悔しいわ」
金吾は、なにやら不可解な、不気味な感じに襲われて、手を止めてしまった。明らかに、今までとは異なった女史の姿が現れかけていた。表層に亀裂が走り、その奥から得体の知れない何者かが正体を見せようとしていた。
舞台の上で、歌舞伎役者が、一瞬後ろ向きになって、黒子の助けを借りて変身するように、女史は今、うつむきながら、黒子ではなくアルコールの助けを借りて、今までの衣装を大急ぎで脱ぎ捨て、化粧もぬぐって、その生身を露わにしようとしていた。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦