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涼子あるいは……

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校長は転倒直前に眼鏡をはずした。普段はずしたことがない愛用の眼鏡だ。はずすとほとんど全盲だといううわさだ。特殊で高価なものらしい。校長は、壇上に立った段階で、もうすぐ自分が昏睡に陥ることに気づいた。愛用の高価な眼鏡が割れてしまう。
やはり睡眠薬だ。校長はミスを犯した。旅の疲労のせいか、薬の効き方が予想よりはるかに早かった。集会での演説は、校長としてせざるをえない。十時からの取調べは逃げたい。校長は困ったに違いない。睡眠薬は何を利用したかわからないが、メラトニンやハルシオンなら、嚥下してから約二十分で効いてくる。したがって、登壇する数分前に服用すれば、演説を終えてしばらくした段階で効果が出る。金吾は、校長が、登壇前に席をはずしたのを思い出した。
ところが、睡眠薬は予想を裏切ってたちまち効いてきた。壇の縁のところで顔をゆがめて立ちつくしていた校長。引き返せない。演台までたどりつくのがやっとだ。大事な眼鏡は台の隅のほうに置くしかない……
ではなぜ校長はそれほどまでして、取調べを忌避したのか。それは、受ける羽眼になるかもしれない血液検査を逃れるためだ。校舎玄関前に止まっていた保健センターの検診車を見て、血液検査の可能性を察したのだろう。
前日の服装のままなのは校長一人だ。犯行の痕跡がどこかに残っていて、それを見つけられるかもしれない。金吾は、犬のように鼻をくんくんいわせた袋田を思い出した。
だが、校長の計画は、無様な姿をさらしたにせよ、上手くいった。壇上の転倒は、むしろ、みんなの圧倒的な同情を引くという効果を上げた。現に袋田は校長の血液検査どころか事情聴取もパスしているではないか。
袋田が校長に甘いのは校長が内通者だと知っているからだろうか。やつは多分知らない。上から降りてくる情報をただありがたく利用しているだけだろう。第一、地検公安部が、警視庁上層にいちいち提供者氏名を明かしながら情報提供をするだろうか? 
しかし、とにかく校長にはアリバイがある。きのうの晩は新潟にいたのだ。ただ、午後十時前の上越新幹線に乗れば教頭の電話を新潟で受けることができたかもしれない……
「ちょっと、もしもしぃ? 君、どうしたの? ほら、しっかりしてよ」
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦