涼子あるいは……
涼子は校長の子を孕んでいたということなのか? ばかな!
落ちつかねばならない。可能性が高いだけではないか。涼子と校長が親密な関係にあったなんてありえない……
いや、必ずしもそうとは言えない。涼子は校長の秘書みたいだったじゃないか…… しかし、あれが性関係のあるもの同士の振る舞いだろうか? 親子の関係みたいだったじゃないか。
ん? 親子? 校長とそっくりの義父? 亡き父親を慕っての恋愛か? その恋愛感情をテコにして校長が組合組織内に涼子を送り込んだのか? 涼子、官憲ルートの中間項は校長だったのか? 校長から公安へ情報が流れていたのか?
動機は? 動機は十分だ。アジールをつぶすためには校長は何でもやるだろう。涼子を口説きに口説いてスパイに仕立てたのだろう。
じゃ、涼子は誰が殺したか? またもや校長か? 動機は? 自分の子を妊娠してしまったのでスキャンダルを恐れて? 涼子が産むと言い張ったので邪魔になって?
しかしもしそうだとすると、涼子殺しに関しては、校長は警察の眼をごまかさなくてはならなくなる。たとえ校長と警察がグルだとしても涼子殺しまでが両者の了解に基づいていたはずはなかろう。殺しは、あくまで、校長の予定外の逸脱行為だったろう。
では、自らへの疑いが生じないように、校長はどんな手を打ったか?
金吾は、朝、体育館で倒れた校長の姿を思い浮かべた。できる限り、細部を想起しようとした。不自然なところはなかったか?
……転倒自体にはない。顎が赤紫色に腫れていた。ズボンのしりが割れていた。パンツが見えた。金吾が、生徒たちに見てとられないようにあわてて自分の上着を彼の腰の周りに巻いてやった。あの転倒は作為的にできるものではない。金吾は校長を背負って保健室まで走った。金吾の右耳の辺りに校長の口があった。かすかにいびきが聞こえた。脳溢血の疑いがあった。息が臭かった、その時は酒だろうと思った。
しかし、今、不信に満ち満ちた状態で考えると、本当に酒だったのだろうか、と思う。何かの薬をのんでいたのではなかろうか。いびき…… もしかして睡眠薬か?
金吾はふ―っと長いため息をついた。やっと大事なことに気がついた。



