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涼子あるいは……

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犬を逃がしていたことはたちまち上司に知れてしまいました。涼子さんは、とても勤まらないから辞めさせてくれと申し出たの。
養護教諭の免状も持ってらしたから、都の教員試験を受けて五小に配属されたというわけ。この際、故郷をしばらく離れてみようと思ったんですって。ここいらには親戚も知り合いもいらっしゃらないそうで、中央線の八王子にも立川にも降りたことがなかったそうよ」
犬の薬殺? 涼子は、イヌコロシだったのか? 知らなかった。まったく知らなかった。
現状では、世間が犬を薬殺する必要性を認めているのだから、薬殺する係りの者も当然必要だ。彼らは普通の市民だろう。たまたま涼子がその任にあたっただけだ。
問題とすべきは、涼子が金吾にその事実を隠していたことだ。なぜ隠していたのか。ただ体裁が悪かったからだけだろうか。打ち明けてくれれば、特殊な体験を持ててよかった、とでも言ってなぐさめていたのに。妊娠云々はこちらと直接関わる重大事だから秘密にしておく心理も分からなくはないが、この傷心の体験を女史には語りこっちには語らなかった理由は不明だった。つんぼ桟敷に置かれていた自分の姿が情けなかった。こちらをそういう目にあわせていた涼子の真意がわからないままに、涼子を怨みさえした。涼子はまだまだたくさんの事を隠していたに違いない……
金吾は涼子に、一度だけ、犬を話題にして話をしたことがあった。
「近頃は来なくなったけどね、子供のころは、野犬狩りの車が、朝早く町を巡るんだよ。それがうるさくてうるさくて、眼が覚めちゃうんだ。あるとき、どんな車か、外に出て確かめてみたんだよ。小型のバスぐらいの大きさでさ。小さな窓が横と後ろについていてね。内側には太い針金が格子状に張ってある。屋根の真ん中にパラボラがついていてくるくる回ってるんだ。そこから通常人には聴こえない超音波を出しているんだ。それで犬をおびき寄せるんだね。僕には、脳みそをつつかれるみたいな、金切り声のように聴こえて、なぜ犬が寄って行くのかわからなかったね。しかし、哀れにも、あっちの横丁から、そっちの物陰から、犬たちがよろよろのこのこと姿をあらわすのさ。そのあとのことは見ていない。さっさと家のなかに入ったから。男たちの怒鳴り声と駆ける足音が聞こえてきたけどね」
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦