涼子あるいは……
休み時間や放課後は、必ず生徒たちと遊んでいらっしゃいました。特別授業も頻繁になさり、内容も充実していました。私、校長先生の国語や道徳の授業を何度も参観させていただいたの。子供達を引き込んで離さない立派な授業だったわ。興奮と感動のあまり、すすり泣く子さえ出るほどだったわ。
PTAの副会長さんが生徒たちの投票結果をこっそり校長先生に申し上げると、負けるとは思っていたが、これほどの差がつくとは、と、苦笑なさったそうよ。それまでも、毎年人気投票がなされていたんですって。校長先生は、去年はじめて一位の座から滑り落ちたのよ。ま、相手が涼子さんなら仕方ないわよね。潔くタレントナンバーワンの地位は、彼女にお譲りなさったわ」
ここで女史は大きなため息をついた。肩を落とせるだけ落として、眉をしかめながらつぶやいた。
「私は生徒達が人気投票をしていたなんて、それまでちっとも知らなかった。きっと、生徒達も先生方も、私に気を使って秘密にしてたんだわ。
私、ビリだったのよ、きっと。
みんな、私のいないところで私のことを笑いの種にしていたのね。私に面と向かうときには、笑いをこらえていたんだわ。一所懸命働いてきたのに、年増のブスは、つんぼ桟敷に置かれ、馬鹿にされちまうんだわねえ。子供も、大人の男も、おんなじだわねえ。あたしはずっと本当に一所懸命だったのに。尽くしてきたのに。生徒にも学校にも亭主にも。特別の才能も魅力もない女は、こんな風にしか生きてこられなかったの。こうしかできなかったの。けど誰もほめてくれなかったわ。生徒たちも学校も亭主も。一所懸命だったのに。やっぱりビリなのね」
急に声が震え始めた。女史は、再び大粒の涙を流した。タオルで顔を覆った。嗚咽はタオルを通して聞えてきた。なかなか止まらなかった。話が別のほうに向かいかけていた。
「ああ、ごめんなさいね。涼子さんの話をしましょ。私のことなんかどうでもいいことだわね。
長野時代の涼子さんのことはご存知よね。君の知ってることと重複するところが多いかもしれないけど、今夜は、涼子さんの思い出にふけるつもりだから、私が彼女からうかがっている話をできる限り思い出して君にお伝えするわ」
女史はタオルをたたんでテーブルの上に置いた。半分残っていたビールを飲み干した。



