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涼子あるいは……

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ん? 酔っているのか? 睡眠薬でも飲んだのか? ろれつが回っていない。何かあったらだって? どういう意味だ? 運命だと思ってあきらめろとは、いったいどういう意味なんだ? 金吾の混乱は、涼子の、居直った屈託なさ、投げやりな風情を前にして、とめどもなく増していく。
涼子はあごを引き、背を伸ばして坐り直した。金吾も思わず口頭試問される時のようにきちんと坐った。
涼子は、キーボードに指を置いたまま、右を見た、左を見た。栗色の髪がそよ風を起こした。打ち込んだ。かすかに鼻歌を歌っている。
「ガードをかけたわ。これをお渡しするわ。今日のことをよく思い出せば、ガードをはずせるかもしれないわよ。開けたら分かるわ! けどね、持っててくれるだけでいいの。怒らないで。私、すごく変な気持ちになっちゃってるの。ほんとにごめん」
彼女はCDを抜き取って金吾に手渡した。金吾は、不可解で面倒な手続きを経たCDを、今まで渡してくれなかった涼子のマンションの合い鍵のように感じた。自分が大切に扱われているのかからかわれているのか分からなかった。
涼子は両手を再び太腿の上にそろえて金吾をまじまじと見つめた。真夏の日差しも犯すことができなかった蒼白の顔面が金吾の眼の前五十センチのところにあった。斜視ぎみの大きな両眼がかっと見開かれていた。なんと、驚愕の表情が顔いちめんに浮かんでいた。
金吾こそ驚愕の表情を浮かべているはずだった。どうしたのだ? どういう意味だ? なんのつもりだ? 口に出してはっきり言ってくれ。今、眼の前で何が進行しているのだろうか?
金吾は金縛り状態になった。頭の中でたくさんのネオンサインが明滅していた。それらの表わす文字や模様が読み取れない。
見つめ合ったままで一分たった。さらに三十秒。
やがて涼子はゆっくり小首を傾げた。ビクターの犬のように。驚愕が融け、もの問いたげな表情に変化した。
「さて、これをかたづけて、バイバイしましょうね」
涼子は眼を二三回しばたいた。
なぜだ? なぜ泣いているのだ? おい、おい、いったいぜんたい、どうしたんだ?
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦