涼子あるいは……
五小は指定校ですので、ご存知のように、生徒のとても詳しいデータを採ります。五十メートル走、懸垂、垂直とび、千二百メートル持久走による心肺能力測定、アイマスクをかけての平衡感覚測定、眼科検診、歯科検診、内科検診、検便、検尿、血液検査まで、人間ドック顔負けの検査を五百人分一日で行います。十月の運動会の一週間前に執り行うのが慣例でした。その準備が大変で、もちろん、私だけではできるわけもなく、先生方と、六年生全員約八十名と、福生保健所の職員の方たちに協力していただいて、やっと間に合うといった有様でした。あなたもかりだされるでしょうよ。涼子さんはスマートに合理的に切り抜けられたことでしょうが、わたしはてんてこまいでしたわ。
そのあとも大変でしたねえ。保健所、病院、保健センターなどからデータが送られてきます。それらを生徒一人一人について、記録用紙に書き込んでいかねばなりません。文部科学省、厚生労働省用に一部、保管用に一部、計二部を作成いたします。厚生労働省の出す青少年健康白書の原稿締め切りは三月末日です。文部科学省の点検と統計処理のあとに、そのデータが厚生労働省に回されますから。新年早々には、文科省に元データを送っておかないと間に合いません。まったく正月返上の忙しさでした。
それはそれとしてまあいいんですが、生徒の検査の後、先生方の健康診断も行います。ここのところに問題が生じました。
内科のドクターが最後にいらっしゃいまして、生徒の診断の後、そのまま、先生方の診断に移行いたします。その際、任意ではありますが、献血もお勧めしております。先生方の診断結果は、生徒の記録に引き続き、同様の記録用紙にファイルされます。ただし官庁への報告義務はなく、検査機関がそれぞれ元データを保管するだけ、ということになっております。異常があれば検査機関から連絡が教諭当人に送られ、指定病院で再検査を受けます。自分の検診結果は校長の許可の下に閲覧できますし、コピーもとれます。これら保管用の保険記録は校長の管轄下にあります。本来は校長先生がマル秘扱いで管理することになっていました。
この健康診断と献血に、組合の先生方は反対しました。個人情報の漏洩につながるという主張でした。校長と組合の対立は決着がつかず、結局はあんな暴力事件を引き起こすまでになりました。



