涼子あるいは……
女史の両眼から、突然ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。危うくジョッキに入るところだった。
金吾は雰囲気を察し、立ち上がって指示を待った。
「そのまままっすぐ進んでくださる? 押入れ、開けていいわよ。そう。その棚を左右に開いて。眼の前にピンクのタオルが見えるわよね。持ってきてくださる?」
金吾はタオルを抜きだしてきて、女史の眼の前においた。バスタオルだ。これが必要なほどこれから泣くということか。彼女が眼の周りをそれで拭くと、化粧が落ちて、ピンクに染まった地肌があらわになった。ピンク色の丸めがねをかけたようだ。白黒ではなく白ピンクのパンダである。
彼女はジョッキを傾けて飲み干すと早口でしゃべる。
「私は五小に七年いました。私のキャリアの最後の時期でした。それまでより仕事量が増えたうえ、人間関係のごちゃごちゃに巻き込まれそうになって、往生いたしました。こんなおばさん、何の役にも立たないのに、こっちにつけ、こっちにつけと、どちらさんも言ってきて。ご存知のとおり、校長先生派とアジ―ルの先生方が真っ二つに分かれて戦争状態でした。未だにそうらしいですね。私は何とか中立を守りましたよ。どちらの派の先生にせよ、ナイチンゲールは分け隔てなくご奉仕いたしました」
金吾はすでに酔っている女史が、口を滑らせたように感じたので、質問した。
「奉仕の具体的な内容はなんだったのでしょうか。あなたが奉仕するとは、養護教諭として手当てをすることですよね。だれか先生方のうちで手当てが必要であったかたがいたということですよね。手当てが必要になるような何があったのでしょうか」
「鋭いご指摘ね。おばさん、何でもお話しますよ。ここだけの話ですけれど、私の赴任当時から、随分激しい応酬が校長先生派とアジールの先生達の間でくり返されておりました。生徒が帰ったあと八時九時まで大声が聞こえてきました」
「なぜ、あなたは、八時九時までいらっしゃったのですか? 何か用件でも先生方から言いつかっていらっしゃったんですか?」
女史は初めて困惑の表情を浮かべた。
「何のご指示もござんせんでした。ただ、私は、心配で、心配で……」
「何かあったんですね」
「あらあ、言っていいのでしょうかねえ。



