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涼子あるいは……

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三リットルの缶を引き出して持っていくと、女史は嬉しそうに「ここに置くのよぉ」と、テーブルの縁を右手でさすりながら言った。金吾がテーブルにかぶさるようにしてビールを注ぐと、女史はジョッキをかき抱くポーズをとってから、豪快に飲み始めた。
女史が一息つくまで、金吾は椅子の上で神妙にして待った。ここにもまたひとりアル中がいた。金吾の気持ちを察してジョッキを置くと、女史は申し訳なかったといったふうに会釈をしてから話し始めた。
「涼子さんが松本市の保健所を退職なさって東京にいらしたのが昨年の二月末のことでした。私は引退。三月は研修ということで涼子さんとほとんど毎日過ごしました。
ご存知のように、五小は旧文部省時代からの指定校です。『児童の発達観察と健康管理のための委員会』の指揮下に、全国百五十の小学校が詳細な身体健康データを採取し、毎年統計を出しています。指定校の養護教諭の扱う資料の量は、通常校の三倍にもなります。おばさんのようなタフなやつだけがこなしていける仕事でしたのよ。ところが、涼子さんは、私以上にタフでした。そりゃ、若いし、スポーツで鍛えているってこともありましたよ。しかし、驚きましたわ。朝は誰よりも早く来て、夜はおそらく八時過ぎまでいらしたでしょうね。私は五時半には帰って来ちゃいましたけど。保健業務だけでなく、学校誌、市史、教育委員会月報、都教委月報、まあ、とにかくあるかぎりの資料に眼を通してメモを作っていらっしゃいました。わずか一ヶ月後には、五小のみならずこの地域の公的活動の実態を、だれよりもよく知るようになりました。あったまよかったわねぇ。
校長先生の秘書みたいになられましたわ。校長先生は、我が娘のようにかわいがっていらっしゃいました。将来は市長になれ、って涼子さんに言ってらっしゃったわ。
涼子さんは、くたびれた顔や素振りなど決して見せたことがありませんでした。几帳面で覚えが早い。記憶したことは絶対忘れない。どんな分野に進んだとしても有能だったでしょうね。朗らかで、愛想がよくて、あたしのようなおばさんの話をよく聴いてくれて、慰めてくれて、あんなかた、そんじょそこらにゃいませんよ。正真正銘の天使でしたよ。その天使があんなことになるなんて。世の中には正真正銘の悪魔がいるってことでしょうかねえ」
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦