涼子あるいは……
「まっ、いい男。おもてになるんでしょうね。涼子さんもお眼が高いというか隅におけないというか。分かってますよ、あなたが彼氏だったって。涼子さんがあんな目にお会いになってさぞかし残念でしょう。無念でしょう。悔しいでしょ。いっぱい泣いたでしょ。いいですよ、おばさん、何でもお話しますよ。知っていることは多くないけれど。きょうは私達だけのお通夜にしましょうね」
女史は、そういいながらも、思い出に早くもはまりかけたのか、しばし口を閉じて棒立ちのまま中空を見つめた。
「とってもいい人でした。お若いのに、余計なことには目もくれず、人生の核心を、がっちりつかまえている人でした。私にとっては尽きない幸せの泉のような人でした。あんな娘がいたら、私ももっと楽しい生き方ができたかも、と思います。それに、ちょっと謎めいた雰囲気もお持ちで、殿方には格別に魅力的だったと思います」
女史は、やや意味の不明なことを口走りながら、金吾の両手を握り締めて振った。掴んだまま後ずさりした。
太りすぎのせいなのか、もともと足が不自由なのか、すり足だ。女史は五歩でくるりと体を回して、開いた右手を部屋の中央へさしだした。左手は金吾の右手を掴んだままだ。
「どうぞ、お坐りください。おんなひとり所帯はごらんのように侘しいかぎりですわ。この部屋に帰ってくると、テレビを見るかネットでチャットをするしか楽しみはないわ。ネットでは、おばさん、男言葉なんで、オフ会で、女性だったんですか、と驚かれることがよくあるのよ」
内部の造りは2DKの普通のマンションと同じだった。居間は八畳位だ。モノが多い。長く生きていると思い出も多くなって、捨てられない記念物といっしょに暮らしていかざるを得なくなるのだろう。
「そこにお坐りなさい。その肘掛け椅子です。涼子さんもここに来るとそこに坐ってらしたのよ。お茶よりもビールがいいでしょ。毎日暑いから」
そう言いながら、女史はキッチンに消えた。
「あなた、少し、飲んできたでしょ。おばさんと話をするための勇気づけですか? そんなことは必要なかったのに」
女史は二本の大瓶のビールと二個のジョッキを持ってもどってきた。
「あたしは、若い人が大好きです。あなた、特別な構えなんか必要ないのよ。さっ、お飲みなさい。キリンビールよ。死んだ亭主は毎晩キリンを飲んでたわ」



