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涼子あるいは……

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金吾は、さらに自身の崩壊振りを観察し続ける。その経過と結果を、わずかに残っている理性でもって分析してみた。
理性が分析せざるを得なくなった対象は、ここ十数時間の自分だけではなく、中一以来の生涯すべてにわたる自分だった! これが情の正体、情の温床だったとは! 金吾は驚きあきれた。自らの無意識の偽善ぶりに呆然とした。金吾は、白を黒と思い違いをして、否、言いくるめて、生きてきたのだった。
冷静とは、手段であり、抑制であり、時にはポーズに過ぎなかった。けちのつけられようがないと思ってきたその人生を、涼子の死によって、当の人生を主宰する金吾が、オセロゲームのように裏がえさざるをえなくなってしまった。金吾は、これまでの生涯、床の下のコケかカビのように恥じながらも温存してきた感情を耐え切れなくなって白日の下に曝け出した。今それらの蔓延に気息奄々苦しがりのた打ち回っていた。収拾がつかずにうろたえていた。ずたずたになっていた。つい昨日まで忌み嫌い馬鹿にしていた感情というものに、ふがいなくも白旗を揚げてしまった。
これは、涼子の死が金吾にもたらした第一の異変だが、金吾はさらにあとに続く異変たちを予感して身構えていた。未知のものに対する恐怖と怖いもの見たさ故の期待のために。
涼子の謎は深まるばかりだった。涼子は、いくつもの顔を持ち、いくつもの役割を演じていたことがあきらかになってきた。自分が涼子を独占していたなどということは、もはや勝手な思い込みに過ぎなくなった。実に不思議な感じを持つ。一個人たる涼子がこんなにも相互矛盾した役を同時進行で演じ分けられるものなのか。なんと複雑な女だったのだろう……
涼子を知り尽くしたいという欲望と涼子を最後まで信じたいという欲望に金吾の心は切り裂かれた。荒涼たる心の焼け野が原に、この二つの欲望の火が燃え残った。
数々の感情に精神を蹂躙された結果、認識のための最低限の知力さえ機能しているかどうか自信がなかった。確実に残っているのはわずかに、認識し確かめようとする意志だけだった。それは希望に似ていた。パンドラの箱は開いてしまったが、最後に残った希望にしがみついて、知りたい、信じたいという二つの欲望に身を任せるつもりだった。行けるところまで行く覚悟だった。真実が明らかになる時と場所へ、涼子のほうへ、金吾はにじり寄っていく。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦