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涼子あるいは……

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実に嫌なことだが、金吾にははっきりわかったこともあった。涼子が果たしていた役割のひとつだ。それはうんざりはするが、今日の収穫だった。
涼子は間違いなく組合内に潜入したスパイだった。金吾は言いがかりだ妄想だとわめいたが、わめきながら考えが変わってきた。このことだけは山崎の妄想ではない。状況証拠には残念ながら説得力があった。
さらに嫌なことだが、新たな可能性が出てきた。
涼子が山崎と寝ていたかもしれないのだ。蝦蟇野郎とサモトラケのニケが! もしかして涼子のお腹の子の父親はこの蝦蟇野郎?  
金吾は今まで体験したことのない激烈な感情にとらわれた。これが嫉妬というものか? 涼子の言葉を再び思い出した。「私が浮気していたらどうする?」 
金吾は大声で叫びたくなった。汗が、額からも脇の下からも、たらたら流れ落ちていた。朝電話をとった直後のように、生理反応が、制御不能におちいってしまった。
金吾は自尊心を傷つけられた。敗北感を味わった。嫉妬に狂った。いずれもまことに不慣れな体験だった。自分はこんなやわの筈ではなかったのにと、べそをかきそうにさえなった。自らへの不信感をダメ押しのように自ら煽って止まらなくなる。むしろこの際、自尊心などとことん打ち壊しておきたい……
金吾は、平常は冷静だ。子供のころからの訓練の結果、冷静さは非情に至るほどに発達している。非情にまでに心が退化してしまったというべきか。だから、この一日にも満たないあいだ、爆発炎上しつづけてきた感情に乗ってしまわないように、非情の全力をつくしてどれだけ抵抗してきたことだろう 情と非情の大喧嘩のここ十数時間だった。そして結局は、情の大反乱に金吾はうちのめされてしまったのだった。今日の朝から金吾を翻弄してきた様々の感情を分類列挙などできるものではなかった。雲霞のような感情の大群に金吾はのされてしまった。こんな目に自分は遭うはずがないと中一の頃から昨日の夕方までは確信していた。ところが急転直下、感情の大爆発により自己コントロール不能に陥り、ダッチロールし始めたのだ。
このあわて狼狽する自らへの不信感は決定的だった。自分の正体を見極めたような気がした。だが、いくら情けなくても己のいたわり方など知るよしもなかった。金吾は途方にくれた。
作品名:涼子あるいは…… 作家名:安西光彦