涼子あるいは……
私生活において、山岸は、学校関係者以外とはほとんど付き合いがない。郷里の長野に、伯母と二三の旧友がいて、たまに携帯で連絡を取り合うぐらいだ。そんなことは袋田から聞いているだろう? 聞かなくても君はご承知のはずだ。山岸が誰ともっとも頻繁に接触していたか? 言わずと知れたこと、岡田、お前だ。仲介者はお前だったんだろ? なあ、そうだろう? 俺たちには、山岸、岡田、官憲ルートが存在していたとしか思えんのだよ。お前と山岸が、組合の事務室か倉庫で、一緒にデータを盗む現場を押さえたかったなあ」
山崎は、やっと言いたいことを言ったようだった。吐露の満足と安堵に浸っていた。中空を睨みつけながら深々と息をついた。汗が額に粒々に浮かび、手だけでなく、上半身も震えていた。その震えを抑えるように、左肩をぐるりとまわした。袖の破れ目がますます広がった。そして、早く答えろ、さっさと白状しろ、とでも言うように流し眼で金吾を睨んだ。その眼は真っ赤だった。
学生らしい二人づれが顔を覗かせた。亭主は立ち上がって、「今、相談中なんで」と言ってしかめっ面をつくって見せ、追い払った。
「私をちくり屋だとおっしゃるのか。涼子を組合に送り込んで、ぶりっ子をやらせて、メンバーをだまして、やばい記録を流させて、お眼こぼしをサツからもらっていたと思っているんだな」
「ああ、そうだね。そうに違いない。お前はそういう男だったんだ。お前はもともと組合が生理的に嫌いだった。憎悪していた。ファザコンの八つ当たりだ。どうだ、図星だろう。おやじの組織内での敗北の仇を討ってやろうと思ってんだろう。
お前のおやじのことはおぼえてるよ。ありゃ、評論家だった。活動家としては無能だった。お前はおやじの憤懣を受け継いだんだ。恨みを晴らすために教員になったんだろうが。おまえは、組合に嫌がらせをしてやろう、ゆくゆくは潰してやろうと企んで、サツとつるんで、自分の女と連携プレーをしたんだ。ナイーヴそうな見かけとは大違いの野郎だわい。へっ!」
金吾はむかつく。そんな怨念に突き動かされて生きてきたわけではない、わかったような口をききやがって、自分はもっとほかにすべきことがあるんだ。しかし一方、山崎の語る別の金吾のイメージに悩まされかけた。